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<title>カムイミンタラブログ</title>
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<description>ウェブマガジン カムイミンタラ 編集室</description>
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<title>ふきのとう文庫創設者 小林静江さん</title>
<description>ふきのとう文庫創設者の小林静江さんが、今北海道新聞夕刊の「私のなかの歴史」で１月１１日より「障害児に読書の喜びを」で登場しています。「ふきのとう文庫」続いていますが、カムイミンタラでも特集（１９８７年５月号　通巻２０号）で取り上げています。地道な子どもたちへの努力が継続され広がっていることを、道新で確認できることはうれしいことです。静江さんの生い立ちと社会人としての生活、結婚と子ども文庫への歩みが５回まででも、かってなく読みやすい形で発表の場を与えられました。なお、支え手の一..</description>
<dc:subject>コラム</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
<dc:date>2012-01-16T17:17:56+09:00</dc:date>
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ふきのとう文庫創設者の小林静江さんが、今北海道新聞夕刊の「私のなかの歴史」で１月１１日より「障害児に読書の喜びを」で登場しています。<br /><br />「ふきのとう文庫」続いていますが、カムイミンタラでも特集（１９８７年５月号　通巻２０号）で取り上げています。地道な子どもたちへの努力が継続され広がっていることを、道新で確認できることはうれしいことです。静江さんの生い立ちと社会人としての生活、結婚と子ども文庫への歩みが５回まででも、かってなく読みやすい形で発表の場を与えられました。<br /><br />なお、支え手の一人であった故・小林金三さんは、１９８５年１１月号で随想寄稿者として、また２００５年５月号特集「創成川ルネサンス」に創成川を市民のものへの活動に活動に携わる人として、登場しています。<br /><br />２０１２年１月１６日　室長<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>おすすめします　稲葉圭昭「恥さらし」</title>
<description>１０月に「恥さらし　北海道警 悪徳刑事の告白」が講談社より出版されました。著者は、稲葉圭昭（いなば・よしあき）氏、北海道警察銃器対策課・元警部です。本人はこの２０１１年９月２３日、懲役９年の刑期を終えました（２０１０年６月に仮出所）。２００３年４月に有罪となり服役の身でした。現職警官でありながら、覚醒剤の使用、営利目的所持、銃刀法違反の罪を問われてです。「恥さらし」は、稲葉氏の警察官人生のはじまりから、転落、そして逮捕有罪服役の歩みが、本人によって語られています。北海道警察（..</description>
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<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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１０月に「恥さらし　北海道警 悪徳刑事の告白」が講談社より出版されました。著者は、稲葉圭昭（いなば・よしあき）氏、北海道警察銃器対策課・元警部です。本人はこの２０１１年９月２３日、懲役９年の刑期を終えました（２０１０年６月に仮出所）。２００３年４月に有罪となり服役の身でした。現職警官でありながら、覚醒剤の使用、営利目的所持、銃刀法違反の罪を問われてです。<br /><br />「恥さらし」は、稲葉氏の警察官人生のはじまりから、転落、そして逮捕有罪服役の歩みが、本人によって語られています。北海道警察（道警）の「銃器対策課のエース」と呼ばれたこともあった彼が、どうして悪徳警官となってしまったのか、重い現実です。<br /><br />暴力団対応の警察と警察官の活動の困難さ、難しさが、よくわかる内容です。真剣に取り組んだものの、道を踏み外してしまった人間の反省と自戒が、淡々と語られています。また組織の間違った方針がどれほど、第一線の活動をゆがめるものであるかの、問題提起の書にもなっています。<br /><br />かっての上司でもあった原田宏二氏（市民の目フォーラム代表）が「稲葉佳昭と私」と題して解説を寄稿して最後に載っています。原田氏が刑務所の稲葉氏に送った手紙に対し、稲葉氏が自らの罪の償いの意味で「その意味で日記（回想録）というのも一つの手段と思います」と返事があったそうです。その言葉の実現が今回の本と原田氏はとらえました。<br /><br />原田氏は２００４年２月道警の裏金告発を行いました。そのきっかけのひとつに、とかげの尻尾の切捨てのような稲葉氏への道警の対応への怒りももあったそうです。原田氏登場のテレビ番組を稲葉氏は千葉刑務所で見たそうです。ウェブマガジン カムイミンタラ　２００５年１１月号（通巻１２６号）特集「草の根の声を知事と道議会に」で、当時の原田氏たちの裏金解明への努力を取り上げています。<br /><br /><br />皮切りの原田宏二氏、続いた斉藤邦雄氏はそれぞれ「たたかう警官」（現ハルキ文庫　最初の書名は「警察内部告発者」）、「くにおの警察官人生」（共同文化社）を機会あって出版、自らの声をまわりに届けました。「恥さらし」はそれにつづくものとなりました。それぞれの立場状況にあっての腐敗不正を許さないという姿勢、３著で多面的多角的に理解できるのではないでしょうか。<br /><br />稲葉氏は終章で以下のようにしめくくっています。<br />「最後になりましたが、これまで述べてきた私の罪について関係者をはじめ、国民の皆様に深くお詫び申し上げます。そして道警銃器対策課が行ったさまざまな違法捜査について、今になっても一切その責任を認めようとしない道警組織や幹部たちに代わり、深謝します。<br />そして、私の社会復帰を応援してくれた方々には心から謝意を申し上げたい。高校の同級生や大学の柔道部の仲間たちには服役中も出所後の今も、多大な支援をいただいています。<br />また拘置所、刑務所で私を気にかけ、いつも声を掛けてくださった刑務間の方々は、私に立ち直るきっかけを与えてくれました。仮出所から刑期満了日までの１年３ヶ月の間、日々の生活から仕事面にいたるまで、さまざまなアドバイスをいただいた保護監察官、保護司の先生方にも、心から感謝しています。<br />何よりも刑務所で服役していた８年間、このような私を待っていてくれた家族には頭も上がりません。<br />私を支えてくださったすべての方々に、心より感謝いたします。」<br /><br />稲葉佳昭さん、これからの一歩一歩しっかり歩んでください。また今回の真摯な問いかけは、多くの人に届くこと間違いないでしょう。この世の中、捨てたものばかりではないのですから。日本の警察の仕組みもありかたも問い直されていることは間違いないようです。<br /><br />２０１１年１０月１１日　室長<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>「私たちはヒバクシャになりました」</title>
<description>９月１９日東京で「さようなら原発」集会が開催され、６万人以上が参加したそうです。呼びかけ人の大江健三郎さんをはじめ多くの方のスピーチがありました。各種報道、動画などで紹介されています。そのなかで福島のハイロアクションの武藤類子さんのスピーチもあります。その内容が心をうつもので注目されています。私も読みましたが、そのなかの一文に「３．１１・原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャになりました」とありました。ヒロシマ、ナガサキに続きフクシマ..</description>
<dc:subject>コラム</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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９月１９日東京で「さようなら原発」集会が開催され、６万人以上が参加したそうです。<br /><br />呼びかけ人の大江健三郎さんをはじめ多くの方のスピーチがありました。各種報道、動画などで紹介されています。<br /><br />そのなかで福島のハイロアクションの武藤類子さんのスピーチもあります。その内容が心をうつもので注目されています。私も読みましたが、そのなかの一文に「３．１１・原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャになりました」とありました。<br /><br />ヒロシマ、ナガサキに続きフクシマでも「ヒバクシャ（被爆者）」がでてしまいました。当の福島の人が、それを語っているのです。ハイロアクションは２０１０年１０月に結成された、建設４０年となる東電福島原子力発電所第１号炉を廃炉にさせようと、声をあげた地元の人による団体です。そのホームページに武藤さんのスピーチ「ふくしまの想いを、ひとりでも多くの方に、伝えたい」の全文がのっています。ぜひお読みいただくべき内容と受け止めました。こんなにひどい仕打ちを受けながら、武藤さんは「私たちひとりひとりの、背負っていかなくてはならない荷物が途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかにほがらかに生き延びていきましょう」としめくくっています。<br /><br />カムイミンタラ第９４号（１９９９年９月号）に北海道被爆者協会会長の越智晴子さんが「友はよきもの」と題した随想を寄せています。神戸大空襲と広島での原爆被爆の体験をお持ちの越智さん、生き抜いてきた道のりをふりかえり、支えてくれる人のありがたさすばらしさを、静かに語っています。<br /><br />２０１１年９月２９日　室長<br /> <br /><a name="more"></a>

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<title>おすすめします「母の語る小林多喜二」</title>
<description>「母の語る小林多喜二」（小林セキ述、小林廣編、荻野富士夫解説　新日本出版社）が７月に出版されました。地元小樽で小林セキさんとも親しかった小林廣氏が、セキさんからの聞き書きをまとめ、出版の意向を持っていました。戦後まもなくのことです。しかし出版にいたらず、その原稿が長らく埋もれていたのでした。多喜二の研究家でもある小樽商大教授荻野富士夫氏が、再発見、関係者の遺族にも了解をとり、６０年余の年月を経て初めて出版されました。荻野氏の解説は懇切なもので、口述内容や編者の努力などに触れ、..</description>
<dc:subject>おすすめします。</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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「母の語る小林多喜二」（小林セキ述、小林廣編、荻野富士夫解説　新日本出版社）が７月に出版されました。<br /><br />地元小樽で小林セキさんとも親しかった小林廣氏が、セキさんからの聞き書きをまとめ、出版の意向を持っていました。戦後まもなくのことです。しかし出版にいたらず、その原稿が長らく埋もれていたのでした。多喜二の研究家でもある小樽商大教授荻野富士夫氏が、再発見、関係者の遺族にも了解をとり、６０年余の年月を経て初めて出版されました。<br /><br />荻野氏の解説は懇切なもので、口述内容や編者の努力などに触れ、理解を助けてくれます。荻野氏にとっても感慨深い出版への協力となったのではないでしょうか。また荻野氏は「小林多喜二の手紙」（岩波文庫）の編者であり、今回の「母の語る小林多喜二」で多喜二像をさらに掘り下げてくれました。<br /><br />小林セキさんは、私にはふたつの言葉で印象に残っている人です。特高による拷問死となった多喜二の遺体と対面した時の言葉、「それ、もう一度立たねか、みんなのためにもう一度立たねか」がそのひとつです。もおうひとつは、書き残した言葉、「ああ、またこの２月が来た。本当にこの２月という月が嫌な月、声を一杯に泣きたい　どこへいっても泣かれない。ああ　でもラジオで少し助かる　ああ涙がでる　めがねがくもる」（原文はほどんどかながき）でした。<br /><br />戦前のプロレタリア作家小林多喜二は、近年になって、三浦綾子の小説「母」、ノーマ・フィールドの多喜二研究、荻野富士夫の「小林多喜二の手紙」などで、人間像も含めて新たな陽を当てられてきました。それもあってか彼の「蟹工船」が近年ベストセラーとなりました。<br /><br />「母の語る小林多喜二」は、人間らしい多喜二と、多喜二の行動を見守った母親とを、改めて伝えてくれるものとなりました。私の一面的な多喜二像、セキ像を豊かにしてくれました。十分とか満足にとかは、とても言えた柄ではありません。でもかなりの具体的なイメージを与えてくれました。<br /><br />カムイミンタラ２００５年９月号（通巻１２５号）では、特集「多喜二の『未完成性』が問いかけるもの」です。ノーマ・フィールドさんが小林多喜二を語っています。これも目を通していただけると幸いです。<br /><br />２０１１年８月６日　ＵＴ<br /><br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>映画「赤い夕陽の爺yulie(&lt;br /&gt;ジュリー）」</title>
<description>むかわ町の高齢者による映画製作団体「田んぼdeミュージカル委員会」は、2001年から映画監督崔洋一氏の指導を受けながら、地元出演者による映画づくりを続けてきました。現在のメンバー約80人の平均年齢は78歳だそうです。最新作第4作を完成させたことが北海道新聞7月15日朝刊に報じられました。題は「赤い夕陽の爺yulie(ジュリー）、14日同町で地元上映会が開かれたそうです。あらすじは「電力利権に揺れる山村の姿をユーモアを交えて描いたもの」とか。残念なことに最終作と銘打っているとか..</description>
<dc:subject>コラム</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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むかわ町の高齢者による映画製作団体「田んぼdeミュージカル委員会」は、2001年から映画監督崔洋一氏の指導を受けながら、地元出演者による映画づくりを続けてきました。現在のメンバー約80人の平均年齢は78歳だそうです。<br /><br />最新作第4作を完成させたことが北海道新聞7月15日朝刊に報じられました。題は「赤い夕陽の爺yulie(<br />ジュリー）、14日同町で地元上映会が開かれたそうです。あらすじは「電力利権に揺れる山村の姿をユーモアを交えて描いたもの」とか。残念なことに最終作と銘打っているとか。<br /><br />カムイミンタラ2005年3月号（通巻122号)特集が、同委員会の映画づくりを取り上げています。1作のこと、2作目のことなどの内容です。今後にも気持ち思いが何らかの形で引き継がれていってほしいものと思いました。<br /><br />札幌のシアターキノで7月16日から22日まで皮切りの上映となっています。<br /><br />2011年7月15日　室長<br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>自衛官人権訴訟で静岡地裁浜松支部、自衛官自殺で国に賠償命令</title>
<description>7月11日、静岡地裁浜松支部は、2005年11月にに航空自衛隊浜松基地に勤務していた３等空曹の男性（当時29歳）の遺族が起こした訴訟に対して、訴えを認め国に賠償命令の判決（中野琢郎裁判長）を出しました。判決内容では、「先輩隊員の指導に行き過ぎがあり、自殺との間に因果関係があることは明らか」といじめを認定し、国側の主張「男性の私生活などが原因」とする主張を退けました。訴えた遺族が、男性の両親と妻だそうです。父親が元自衛官であるそうですから、なおさら重い提起を行ったことになります..</description>
<dc:subject>コラム</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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7月11日、静岡地裁浜松支部は、2005年11月にに航空自衛隊浜松基地に勤務していた３等空曹の男性（当時29歳）の遺族が起こした訴訟に対して、訴えを認め国に賠償命令の判決（中野琢郎裁判長）を出しました。判決内容では、「先輩隊員の指導に行き過ぎがあり、自殺との間に因果関係があることは明らか」といじめを認定し、国側の主張「男性の私生活などが原因」とする主張を退けました。<br /><br />訴えた遺族が、男性の両親と妻だそうです。父親が元自衛官であるそうですから、なおさら重い提起を行ったことになります。息子も自衛隊でがんばってほしいとの気持を持っていた父に違いなかったでしょうから。<br /><br />カムミンタラ2010年11月号（通巻150号）特集が、「女性自衛官人権訴訟　原告と弁護団の3年3ヶ月」です。その特集のなかに、2010年3月に自衛官人権訴訟の全国弁護団が札幌で結成されたことも報じられており、浜松基地訴訟もそのなかに含まれています。人権侵害という点で、いくもの訴訟が起こされていたのです。<br /><br />女性自衛官訴訟は、2010年札幌地裁で勝訴確定で終わりました。今回の静岡地裁浜松支部判決、それに続く、人権訴訟の成果といえるかもしれません。無理な引き伸ばしとなるような国側の控訴のないことを願うものです。<br /><br />2011年7月12日　室長<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>6月23日は「沖縄県慰霊の日」</title>
<description>例年6月23日は、「沖縄県慰霊の日」です。太平洋戦争における沖縄戦終結の日とされ、沖縄県の人たちにとって大切な日です。鳥目の会というグループ、会社の了解をとって「沖縄の痛みは日本の痛み　6月23日は沖縄県慰霊の日」との垂れ幕を6月中りんゆう観光社屋に掲げています。沖縄での北海道の戦死者1万人以上、沖縄県民につぐ多さです。その重みも、しっかり受け止めなければならないようです。2011年6月25日　室長</description>
<dc:subject>おすすめします。</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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例年6月23日は、「沖縄県慰霊の日」です。太平洋戦争における沖縄戦終結の日とされ、沖縄県の人たちにとって大切な日です。<br /><br />鳥目の会というグループ、会社の了解をとって「沖縄の痛みは日本の痛み　6月23日は沖縄県慰霊の日」との垂れ幕を6月中りんゆう観光社屋に掲げています。<br /><br />沖縄での北海道の戦死者1万人以上、沖縄県民につぐ多さです。その重みも、しっかり受け止めなければならないようです。<br /><br />2011年6月25日　室長<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>十勝の児童詩誌「サイロ」５０周年　テレビ放映</title>
<description>１９６０年に誕生、５０周年をむかえる十勝の児童詩誌「サイロ」ですが、このたび５月２８日北海道テレビ（ＨＴＢ）の番組で全道放送されることになりました。北海道新聞（道新）５月２５日夕刊で紹介されています。５月２８日午後４時から、「ＨＴＢノンフィクション『先生、あのねーー』～詩集『サイロ』の５０年～」です。「サイロ」は帯広千秋庵（現六花亭）の企業文化活動の一環ではじまりました。福島県郡山市の同業の菓子店「柏屋」が児童詩誌「青い窓」発行しており、それを当時の小田豊四郎社長が知ったこと..</description>
<dc:subject>コラム</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
<dc:date>2011-05-27T15:20:22+09:00</dc:date>
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１９６０年に誕生、５０周年をむかえる十勝の児童詩誌「サイロ」ですが、このたび５月２８日北海道テレビ（ＨＴＢ）の番組で全道放送されることになりました。北海道新聞（道新）５月２５日夕刊で紹介されています。<br /><br />５月２８日午後４時から、「ＨＴＢノンフィクション『先生、あのねーー』～詩集『サイロ』の５０年～」です。<br /><br />「サイロ」は帯広千秋庵（現六花亭）の企業文化活動の一環ではじまりました。福島県郡山市の同業の菓子店「柏屋」が児童詩誌「青い窓」発行しており、それを当時の小田豊四郎社長が知ったことがきっかけとなりました。表紙には坂本直行さんの絵を登用、十勝管内の教員たちが編集して継続してきました。現在は「ＮＰＯ法人小田豊四郎記念基金　児童詩誌　サイロの会」が編集発行しています。<br /><br />カムミンタラの特集で、「サイロ」をとりあげ、紹介したことがあります。以降現在に至るまでの継続努力もたいへんなものがあったでしょう。<br /><br />東北関東大震災で柏屋さんも影響を受けました。六花亭が道内店舗で柏屋の製品を扱って支援とのことも道新ですでに報じられています。「サイロ」への縁、ひろがりとつながりを持って今に至っているのです。<br /><br />２０１１年５月２７日　室長<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>菅首相、中部電力浜岡原発運転停止要請</title>
<description>５月６日、菅直人総理大臣が緊急記者会見を行い、浜岡原子力発電所の運転停止を中部電力に要請しました。現在運転中の原発です。想定される東海大地震の地域内ど真ん中、しかも活断層の真上という条件が、政府もその決断に踏み切らせたようです。老朽原発でもあり、耐震性がもっとも懸念されるものでした。運転停止を求める声も実に３０年前からあり、現在差止訴訟中の原発でした。川勝静岡県知事は、東北・関東大震災以来、浜岡原発の危険性とその運転停止の意見を持ってきました。７日朝７時のＮＨＫテレビニュース..</description>
<dc:subject>コラム</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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５月６日、菅直人総理大臣が緊急記者会見を行い、浜岡原子力発電所の運転停止を中部電力に要請しました。現在運転中の原発です。<br /><br />想定される東海大地震の地域内ど真ん中、しかも活断層の真上という条件が、政府もその決断に踏み切らせたようです。老朽原発でもあり、耐震性がもっとも懸念されるものでした。運転停止を求める声も実に３０年前からあり、現在差止訴訟中の原発でした。<br /><br />川勝静岡県知事は、東北・関東大震災以来、浜岡原発の危険性とその運転停止の意見を持ってきました。７日朝７時のＮＨＫテレビニュースで、ご本人は「大英断に共感する」と発言しています。<br /><br />とうとうここまで来た、とそれらのニュースを受け止めることになりました。これからさまざまなジグザクあるでしょうが、「脱原発」の流れは動き出したと思いました。<br /><br />カムイミンタラを「原発」で検索したところ、７つでました。そのうちひとつだけは難病の病名についた「原発性」だらですから、これは違います。他の６個は、原子力発電所の原発です。随想の中、特集の中とさまざまですが、押さえたなかにも注意して見ていかなくてはと言う点では共通していました。原発というものの重みを改めて感じさせられました。<br /><br />２０１１年５月７日　室長<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>旭川市に「氷点橋」</title>
<description>４月１日、旭川市内を流れている忠別川に新しい橋が開通しました。名称は「氷点橋」、そうです故三浦綾子さんの小説「氷点」に通じる名前です。「氷点」はそもそも水が凍る温度をさしています。その意味では北海道に住む私たちにはなじみある言葉です。しかし、旭川は三浦さんの代表作「氷点」の舞台でもあり、三浦さんが生まれから生涯を通して住んだ土地です。昨年旭川市が２０１１年と２０１４年に忠別川に新たにかかる橋の名称を公募し、橋梁名称検討委員会で検討の結果それぞれ「氷点橋」「クリスタル橋」と決ま..</description>
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<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
<dc:date>2011-04-23T10:48:13+09:00</dc:date>
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４月１日、旭川市内を流れている忠別川に新しい橋が開通しました。名称は「氷点橋」、そうです故三浦綾子さんの小説「氷点」に通じる名前です。「氷点」はそもそも水が凍る温度をさしています。その意味では北海道に住む私たちにはなじみある言葉です。しかし、旭川は三浦さんの代表作「氷点」の舞台でもあり、三浦さんが生まれから生涯を通して住んだ土地です。<br /><br />昨年旭川市が２０１１年と２０１４年に忠別川に新たにかかる橋の名称を公募し、橋梁名称検討委員会で検討の結果それぞれ「氷点橋」「クリスタル橋」と決まっていました。JR旭川駅をはさむ形で駅周辺の市中心部から神楽地区と結ぶ橋です。<br /><br />「氷点橋」が今回開通、神楽地区のその先には見本林があり「三浦綾子記念文学館」があります。市内外から見本林や文学館を訪れる人の利便性がはるかに高くなることになりました。まさに名にふさわしい橋ともいえるでしょう。<br /><br />カムイミンタラでは、三浦綾子さんを特集としてとりあげ、このアーカイブズでも公開、さらに、英語版、ハングル版、中国語（簡体字）版を作成、公開しています。こうした機会にもお目通しいただければ幸いです。<br /><br />２０１１年４月２３日　室長<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>カムイミンタラアーカイブズ４月１日公開へ</title>
<description>ウェブマガジン カムイミンタラ（小冊子のときから含め通巻１５０号）をアーカイブズとして４月１日より公開します。目次や検索などを従来の公開の仕方とは変更し、利用しやすさを心がけたつもりです。各号の特集と随想を網羅したもので、１９８４年から２０１０年の間の北海道の風土文化について伝えてきました。記録としてふり返られる内容も、あると考えています。２０１１年３月１１日に起こった「東北・関東大震災」と被災した東京電力福島原発事故は、これからの日本の新しいスタートにつながる出来事となるで..</description>
<dc:subject>ニュース</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
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ウェブマガジン カムイミンタラ（小冊子のときから含め通巻１５０号）をアーカイブズとして４月１日より公開します。<br /><br />目次や検索などを従来の公開の仕方とは変更し、利用しやすさを心がけたつもりです。各号の特集と随想を網羅したもので、１９８４年から２０１０年の間の北海道の風土文化について伝えてきました。記録としてふり返られる内容も、あると考えています。２０１１年３月１１日に起こった「東北・関東大震災」と被災した東京電力福島原発事故は、これからの日本の新しいスタートにつながる出来事となるでしょう。<br /><br />しかし時間地域歴史は連続性のあるものであり、どうあっても「温故知新」です。このアーカイブズが、読者の方々に、北海道のこれから日本のこれからを考えるうえで、ひとつの資料と受け止めていただければと考えています。歴史から学ぶということにもつながるなら幸いです。<br /><br />以上　（室長）　２０１１年３月３０日<br /><a name="more"></a>

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<title>東北・関東大震災お見舞い申し上げます</title>
<description>２０１１年３月１１日、宮城県沖を震源とするマグニチュード９．０の超大型地震「東北・関東大震災」が起こりました。地震津波被害もまだ全貌もつかめない惨状です。さらに震災による２次被害で東京電力福島第一原子力発電所が活動を停止、炉心溶融という事態も起こり、現在進行のくいとめに消防、警察、自衛隊が必死の取り組みを行っています。なお「落ち着いた」という状態にいたっていません。一刻も早く押さえ込みのめどが立つことを願うばかりです。地震規模などでいうと、１９２３年の関東大震災、１９９５年の..</description>
<dc:subject>ニュース</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
<dc:date>2011-03-21T11:18:22+09:00</dc:date>
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２０１１年３月１１日、宮城県沖を震源とするマグニチュード９．０の超大型地震「東北・関東大震災」が起こりました。地震津波被害もまだ全貌もつかめない惨状です。さらに震災による２次被害で東京電力福島第一原子力発電所が活動を停止、炉心溶融という事態も起こり、現在進行のくいとめに消防、警察、自衛隊が必死の取り組みを行っています。なお「落ち着いた」という状態にいたっていません。一刻も早く押さえ込みのめどが立つことを願うばかりです。<br /><br />地震規模などでいうと、１９２３年の関東大震災、１９９５年の阪神大震災を上回るものです。日本の歴史上でも最大規模の地震となりました。<br /><br />なくなられた方々、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。<br /><br />カムイミンタラでは、自然災害とそれからの復興の取り組みで特集が２回あります。１９９６年５月号（通巻７４号）「奥尻の復興３年目のいま」、２００２年１月号（通巻１０８号）「地域経済を支え合う　有珠山噴火に直面して」です。１９９３年７月１３日の北海道南西沖地震、２０００年３月３１日に噴火開始した有珠山、その現地の人々の対応を追いました。<br /><br />場所内容の異なる事とはいえ、今後の参考にしていただければ幸いです。<br /><br />以上　(室長）　１１０３２１<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>アーカイブズとしてのスタート</title>
<description>ウェブマガジン カムイミンタラのトップページを２月１０日に変更しました。トップページ自体もこれで完了というわけではありません。定期発行を終了し、アーカイブズ（保存記録）としてのスタートとしての変更です。以降、内容確認や検索などをよりわかりやすいものにしていきます。大きく手を加えてということにはならないでしょうが、利用しやすく、関心に応じて見つけやすく、が眼目です。４月１日からは正式なアーカイブズ版として公開予定です。２０１１年２月１６日　（室長）</description>
<dc:subject>ニュース</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
<dc:date>2011-02-16T09:36:14+09:00</dc:date>
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ウェブマガジン カムイミンタラのトップページを２月１０日に変更しました。トップページ自体もこれで完了というわけではありません。定期発行を終了し、アーカイブズ（保存記録）としてのスタートとしての変更です。<br /><br />以降、内容確認や検索などをよりわかりやすいものにしていきます。大きく手を加えてということにはならないでしょうが、利用しやすく、関心に応じて見つけやすく、が眼目です。<br /><br />４月１日からは正式なアーカイブズ版として公開予定です。<br /><br />２０１１年２月１６日　（室長）<br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>あけましておめでとうございます</title>
<description>あけましておめでとうございます。２０１１年の幕開けです。カムイミンタラも通巻１５０号で終刊。年明けからアーカイブズとしてのホームページ手直しにはいります。しばらくかかるので、それまでは現在ままで公開続けていきます。今後ともよろしくお願いします。以上　（室長）　１１０１０６</description>
<dc:subject>ニュース</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
<dc:date>2011-01-06T10:39:02+09:00</dc:date>
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あけましておめでとうございます。２０１１年の幕開けです。<br /><br />カムイミンタラも通巻１５０号で終刊。年明けからアーカイブズとしてのホームページ手直しにはいります。しばらくかかるので、それまでは現在ままで公開続けていきます。<br /><br />今後ともよろしくお願いします。<br /><br />以上　（室長）　１１０１０６<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>ウィキリークスの情報公開と日本のマスコミによる紹介</title>
<description>国際告発サイトと呼ばれる「ウィキリークス」というサイトがあります。今一番注目されているインターネットサイトでしょう。創設者アサンジ氏はまだ若い人物です。いろいろ名をはせてきましたが、今年後半行った米国の外交・軍事の機密文書公開は決定版といわれる内容かもしれません。政府組織の内部告発で外部に流出したといわれる文書を入手し公開しました。その内容が衝撃的です。日本のマスコミが紹介してるものでさえ、驚くようなことがわかりました。流出元の米政府が「ニセ文書」「ウソの内容」と言って否定を..</description>
<dc:subject>ニュース</dc:subject>
<dc:creator>kamuimintara</dc:creator>
<dc:date>2010-12-20T14:32:35+09:00</dc:date>
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国際告発サイトと呼ばれる「ウィキリークス」というサイトがあります。今一番注目されているインターネットサイトでしょう。創設者アサンジ氏はまだ若い人物です。<br /><br />いろいろ名をはせてきましたが、今年後半行った米国の外交・軍事の機密文書公開は決定版といわれる内容かもしれません。政府組織の内部告発で外部に流出したといわれる文書を入手し公開しました。その内容が衝撃的です。日本のマスコミが紹介してるものでさえ、驚くようなことがわかりました。流出元の米政府が「ニセ文書」「ウソの内容」と言って否定をしていないこと、クリントン国務長官が弁解と釈明を１０数カ国に行ったということが、その深刻さをよくあらわしています。<br /><br />ジャーリズムには「事実の報道」と「調査して報道」とが、あるそうです。事実を伝えることも大事なら、よく調べて内容を伝えることも大事なのです。今回のことは大スクープであり、掘り下げられるべき内容のオンパレードです。<br /><br />ウィキーリクスと公開報道で手を組んだのが米ニューヨーク・タイムス紙、英ガーディアン紙、独シュピーゲル誌だそうです。いずれおとらぬ影響力のあるところが足並みをそろえたことで、その衝撃はきわめて大きなものになったようです。<br /><br />もう少し状況が理解できるようにならなければ、意義や評価を軽々しく下すことにはなりません。しかし、ひとつわかることがあります。日本のマスコミ、ウィキリークスと今回の文書公開、目にすぐつくような報道はしていません。連続的でもなく逆にきわめて断片的でしかないように見受けられます。<br /><br />たとえ小さなことでもささやかなことでも、報じることは意味を持つ、あるいは意義を改めて確認できる、ということは、当誌カムイミンタラでも理解してきました。身の丈にあった伝え方もあるのです。<br /><br />しかし今後の国際社会に大きな影響を及ぼすかもしれない事の報道は、やはりマスコミがきちんと報じなければ広く伝わりませんし、時間がかかることになります。いまだに私にはよくつかめるまでになっていません。その点では日本のマスコミ、いささか問題意識がかたよっているのではないでしょうか。今後の報道に期待します。断片をつづりあわせて少しわかってきた者の期待なのですが。<br /><br />以上　（室長）　１０１２２０<br /><a name="more"></a>

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