道内在住の藤本幸久監督が制作ししていたドキュメンタリー映画がこのたび完成しました。題して「アメリカばんざい crazy as usual」です。すでに東京などでは公開されだしましたが、札幌では8月22日に完成披露上映会が行われました。
内容は「戦争国家アメリカ」の実態を、従軍した兵士やその家族、そして徴兵に反対する国民、さらに海兵隊の新兵キャンプなどから、描き出しています。見ると、世の中の見方考え方がは幅広くなる人が多いのではないでしょうか。
藤本さんのこの映画作りは、ウェブマガジン カムイミンタラ 2007年7月号特集「声をあげるアメリカ市民 藤本幸久『戦争をする国の人々』を撮る」で、中間報告のような形で紹介しています。仮題として「戦争をする国の人々」でしたが、完成の際、「アメリカばんざい」となりました。藤本さんの思い、制作の努力など、ぜひ特集からつかんでいただきたいものです。
100万人以上の日本人に見てほしいとの藤本さんの思い。上映ははじまったばかり、達成するためには、さまざまな人の力も必要です。およばずながら私も努力するつもりです。完成披露を見て、その気持は本当に強くなりました。カムイミンタラでとりあげたことも、ご縁があったとしかいいようがありません。
映画紹介のチラシのなかで、高遠菜穂子さんは次のように語っていました。
「この映画は、戦争が、守るべき自国民にもたらすあらゆる負の側面をリアルにえぐり出している。戦死、PTSD、貧困、失業、ホームレス、家族の崩壊、社会からの孤立、弱者への暴力。それまで個別に語られてきたそのすべてが、ここでドッキングしている。」
さらにいえば、映画のなか、徴兵反対で逮捕も辞さず抗議行動を行う市民の姿に、米国のふところのひろさを実感させられます。日本人の手で、日本人ばかりでなく、他国民とくにアメリカ国民も見てほしい映画ができました。
以上 (室長) 080826
2008年08月26日
2008年08月19日
おすすめします むのたけじ「戦争絶滅へ、人間復活へ」
岩波新書より、むのたけじ氏の「戦争絶滅へ、人間復活へ −93歳・ジャーナリストの発言」が、7月に出版されました。聞き手の黒岩比佐子さんが語ったことをまとめ、むの氏の年来の宿願を果たしてくれました。わかりやすく、読みやすい内容になっています。
むのたけじ氏は、93歳、ジャーナリストとして、私でも知っている高名な人です。その人が岩波新書に登場、どんな内容なのだろうというのが、本書を手にした動機でした。
とにかくむの氏を知っている人も知っていない人も、一読して欲しい。老若男女をとわずに、が私の読後感です。独特の視点、論点があり、万人がわかったといえる内容ではないと考えます。だからこそ、読む意味はもっとあると思いました。93年一貫した主張を貫いた重みと価値は、よく示されていると感じました。
むの氏は、謙虚にこうかたっています。
「本書に語り手として注ぐ思いをいう。
この本には、特別の研究報告も調査報告もない。即効の利益や便利は何も提示しておりません。ジャーナリズムを背負った一個人の足跡と波乱に富んだ社会史の鼓動とが結び合った記録です。学習テキストとして訳に立つのではあるまいか。
すらすらと読み進むのではなく、曲がり角や要所では立ち止まってほしい。−−−あなたの生活のマナイタに本書、すなわちむのたけじを載せて、包丁の背で存分に叩いてもらいたい。こういう叩き読みで学べば、生きるという同士に真に値する生活力が鍛えられ、高められるのでないか。(結び書き 204ページ)
なお、むの氏は筋を通した自分の生き様を肯定して生きてきました。私でもそれくらいはわかります。しかし、むの氏は、その道もあることに気づけば新聞社を辞めるという選択はしなかったかもしれないと発言しています。踏みとどまって活動する余地はあったかもしれないとの気づくのを、2005年のジャーナストの後輩の仕事から教えられたことを踏まえての発言です。「勇気」と「若々しさ」に私はまことにショックを受けました。それがどんなことだったのか、ぜひ該当部分を読んでのお楽しみにしてください。むの氏などが蒔いてきた種が応える形で育ってもいるのでは考えることは、これも楽しいことではないでしょうか。
以上 (UT) 080819
むのたけじ氏は、93歳、ジャーナリストとして、私でも知っている高名な人です。その人が岩波新書に登場、どんな内容なのだろうというのが、本書を手にした動機でした。
とにかくむの氏を知っている人も知っていない人も、一読して欲しい。老若男女をとわずに、が私の読後感です。独特の視点、論点があり、万人がわかったといえる内容ではないと考えます。だからこそ、読む意味はもっとあると思いました。93年一貫した主張を貫いた重みと価値は、よく示されていると感じました。
むの氏は、謙虚にこうかたっています。
「本書に語り手として注ぐ思いをいう。
この本には、特別の研究報告も調査報告もない。即効の利益や便利は何も提示しておりません。ジャーナリズムを背負った一個人の足跡と波乱に富んだ社会史の鼓動とが結び合った記録です。学習テキストとして訳に立つのではあるまいか。
すらすらと読み進むのではなく、曲がり角や要所では立ち止まってほしい。−−−あなたの生活のマナイタに本書、すなわちむのたけじを載せて、包丁の背で存分に叩いてもらいたい。こういう叩き読みで学べば、生きるという同士に真に値する生活力が鍛えられ、高められるのでないか。(結び書き 204ページ)
なお、むの氏は筋を通した自分の生き様を肯定して生きてきました。私でもそれくらいはわかります。しかし、むの氏は、その道もあることに気づけば新聞社を辞めるという選択はしなかったかもしれないと発言しています。踏みとどまって活動する余地はあったかもしれないとの気づくのを、2005年のジャーナストの後輩の仕事から教えられたことを踏まえての発言です。「勇気」と「若々しさ」に私はまことにショックを受けました。それがどんなことだったのか、ぜひ該当部分を読んでのお楽しみにしてください。むの氏などが蒔いてきた種が応える形で育ってもいるのでは考えることは、これも楽しいことではないでしょうか。
以上 (UT) 080819
2008年07月21日
合唱劇「カネト」旭川公演
7月20日、旭川で合唱劇「カネト」が、上演されました。道内初、そして主人公カネト(川村カ子ト)は旭川出身ということで、旭川に里帰り公演でした。大盛況だったようです。
ウェブマガジン カムイミンタラで、旭川のアイヌ川村さんのなどの活動を特集でとりあげています。その特集をお読みいただけると、今回のことのご理解も進むことでしょう。
登場している川村さんは故川村カ子ト(かねと)さんの子孫。今回の公演にも協力支援されたそうです。
愛知県で作られた合唱劇、その昔天竜川の鉄道工事で川村カ子トさんたちが貢献したことをわすれまいと、作られたものでした。その地元で、公演が続けられ、今回の北海道にも繋がりました。北海道と本州の絆が強くなった機会でした。
以上 (室長) 080721
ウェブマガジン カムイミンタラで、旭川のアイヌ川村さんのなどの活動を特集でとりあげています。その特集をお読みいただけると、今回のことのご理解も進むことでしょう。
登場している川村さんは故川村カ子ト(かねと)さんの子孫。今回の公演にも協力支援されたそうです。
愛知県で作られた合唱劇、その昔天竜川の鉄道工事で川村カ子トさんたちが貢献したことをわすれまいと、作られたものでした。その地元で、公演が続けられ、今回の北海道にも繋がりました。北海道と本州の絆が強くなった機会でした。
以上 (室長) 080721
2008年07月08日
おすすめします 読売新聞北海道支社夕張支局編著「限界自治 夕張検証」
「限界自治 夕張検証 女性記者が追った600日」(読売新聞北海道支社夕張支局編著 定価1600円税別)が出版されていました。梧桐書院から2008年3月刊行されていました。
北海道の産炭地のひとつだった夕張市が、「財政破綻」の結果、現在財政再建団体としての道を歩んでいます。
「限界自治 夕張検証」は夕張支局編著となっており、1個人の著作ではありません。しかし、2006年当時岩見沢支局にいてその後夕張支局に転勤になった、酒井麻里子記者(2008年年頭より札幌に転勤)が、取材しさまざまの人の声を伝えた内容が、中心に据えられています。酒井さんが2006年6月9日午前0時過ぎに受けた携帯電話が、彼女にとっても「現在まで600日近くにわたる『夕張報道合戦』の始まり」(序章 抜かれからはじまった 16ページ)でした。入社4年目で夕張問題が初めての大きな課題となった酒井さんの気持の高ぶりを感じさせるような出だしです。
北海道は生まれ育ち今生活している場所。夕張市が遭遇している事態は、私にとって他人事ではありません。財政困難の自治体でも格別苦境ということの中に夕張市が入っていることは前から知られていました。そして財政破綻でした。購読している地元紙での「詳細な報道」(6月9日朝刊よりはじまったようですが)を、気になる見出しを目にするたびに、追いつづけてきたひとりでもありました。メリハリも利き、気持もこめられた報道に接したことは、私にとっても多くの示唆を受けることになりました。行間にしめされる気持には共感の思いをしばしば持ちました。
そのような地元紙の報道をずっと読んできたせいか、そのボリュームに満足して、いろいろな形での他の報道や著作や発言について目配りをすることがあまりありませんでした。なんだろうこれはと書店の平積みを手にしたのが本書との私にとっての出会いでした。
辛い思いもしながらこのドキュメントを時間をかけての読了。しかし読んだ甲斐のある本との出合いでした。あくまで私の印象でしかありませんが、夕張支局や酒井さんの「熱」にふれられたことは得がたい機会でした。
さまざまの階層や立場の人々からの声が、手際よく偏らずにちりばめられています。いろいろな人がいる、いろいろな意見がある、とてもくくりきれない内容が提示されています。地元に居住し、市民の泣き笑い、希望願望失望、をすくいあげてきたものがはちきれそうに入っています。
私は夕張市が財政再建団体の道をたどるなか、市職員の大量退職の報道には、わりきれないものを感じていました。本書を読むことで、それなりの理由もあったのだということを知らされました。わりきれなさはすべてなくなったと言いませんが、軽減されたことは確かです。市役所ばかりでなくあまりにお粗末で残念なこともたくさん知らされることにもなりましたが。
重箱の隅をつつかない暖かなエール、その暖かさをしっかりと読者も受け止めなければならないようです。
「夕張の再建のためにもまず、破綻した原因を明らかにしなければならないと思う。原因をはっきりさせない限り、同じ過ちを繰り返すのではないか。
もちろん、私たちも夕張の人たちを元気づける記事を書いていこう。と同時に、前提として過去も明らかにしていく努力を続けよう。」
(第1章 ついに財政再建団体へ 74ページ)
「私は自分に問うた。財政再建団体入りで生じた、さまざまな不条理を伝えきることができただろうか。夕張を去らざるを得なくなった人を、負担とともに生きる夕張市民の姿をーーー。
夕張を取材したノートには、この街で生きるたくさんの人々の姿が記されている。時がたち、夕張に本当の「春」が訪れるまで、私は夕張を見守り続けたい。」(終章 夕張に「春」が訪れるまで 307ページ)
以上 (UT) 080708
北海道の産炭地のひとつだった夕張市が、「財政破綻」の結果、現在財政再建団体としての道を歩んでいます。
「限界自治 夕張検証」は夕張支局編著となっており、1個人の著作ではありません。しかし、2006年当時岩見沢支局にいてその後夕張支局に転勤になった、酒井麻里子記者(2008年年頭より札幌に転勤)が、取材しさまざまの人の声を伝えた内容が、中心に据えられています。酒井さんが2006年6月9日午前0時過ぎに受けた携帯電話が、彼女にとっても「現在まで600日近くにわたる『夕張報道合戦』の始まり」(序章 抜かれからはじまった 16ページ)でした。入社4年目で夕張問題が初めての大きな課題となった酒井さんの気持の高ぶりを感じさせるような出だしです。
北海道は生まれ育ち今生活している場所。夕張市が遭遇している事態は、私にとって他人事ではありません。財政困難の自治体でも格別苦境ということの中に夕張市が入っていることは前から知られていました。そして財政破綻でした。購読している地元紙での「詳細な報道」(6月9日朝刊よりはじまったようですが)を、気になる見出しを目にするたびに、追いつづけてきたひとりでもありました。メリハリも利き、気持もこめられた報道に接したことは、私にとっても多くの示唆を受けることになりました。行間にしめされる気持には共感の思いをしばしば持ちました。
そのような地元紙の報道をずっと読んできたせいか、そのボリュームに満足して、いろいろな形での他の報道や著作や発言について目配りをすることがあまりありませんでした。なんだろうこれはと書店の平積みを手にしたのが本書との私にとっての出会いでした。
辛い思いもしながらこのドキュメントを時間をかけての読了。しかし読んだ甲斐のある本との出合いでした。あくまで私の印象でしかありませんが、夕張支局や酒井さんの「熱」にふれられたことは得がたい機会でした。
さまざまの階層や立場の人々からの声が、手際よく偏らずにちりばめられています。いろいろな人がいる、いろいろな意見がある、とてもくくりきれない内容が提示されています。地元に居住し、市民の泣き笑い、希望願望失望、をすくいあげてきたものがはちきれそうに入っています。
私は夕張市が財政再建団体の道をたどるなか、市職員の大量退職の報道には、わりきれないものを感じていました。本書を読むことで、それなりの理由もあったのだということを知らされました。わりきれなさはすべてなくなったと言いませんが、軽減されたことは確かです。市役所ばかりでなくあまりにお粗末で残念なこともたくさん知らされることにもなりましたが。
重箱の隅をつつかない暖かなエール、その暖かさをしっかりと読者も受け止めなければならないようです。
「夕張の再建のためにもまず、破綻した原因を明らかにしなければならないと思う。原因をはっきりさせない限り、同じ過ちを繰り返すのではないか。
もちろん、私たちも夕張の人たちを元気づける記事を書いていこう。と同時に、前提として過去も明らかにしていく努力を続けよう。」
(第1章 ついに財政再建団体へ 74ページ)
「私は自分に問うた。財政再建団体入りで生じた、さまざまな不条理を伝えきることができただろうか。夕張を去らざるを得なくなった人を、負担とともに生きる夕張市民の姿をーーー。
夕張を取材したノートには、この街で生きるたくさんの人々の姿が記されている。時がたち、夕張に本当の「春」が訪れるまで、私は夕張を見守り続けたい。」(終章 夕張に「春」が訪れるまで 307ページ)
以上 (UT) 080708
2008年06月27日
おすすめします 小林美佳「性犯罪被害にあうということ」
小林美佳さんという1975年生まれの女性が、「性犯罪被害にあうということ」(朝日新聞出版 2008年4月刊 定価 本体1200円+税)を出版しました。ご本人が2000年8月に性犯罪事件にまきこまれた体験をした人でした。事件とそれに関連するその後の体験を踏まえ、今犯罪被害者支援を考え行動しています。
性犯罪被害者として、2007年にあるシンポジウムで本人が氏名を明らかにして7年前のことを発言、そのことが出版にもつながったようです。私見ですがおそらく実名では日本でははじめて公に出版された手記ではないでしょうか。たまたま書店で手に取ったのがこの本、それまで何も知らなかった私には偶然かつ幸運な出会いとなりました。
私自身、個人的なことから現在札幌地裁で行われている女性自衛官の人権裁判に関心を持っています。そのことが、本を手にしたきっかけとなったことは間違いありません。それにしても重い体験とそれと向き合って生きていくことの、厳しさ難しさ、改めて思い知ることとなりました。事件には何ひとつ同じものはありませんが、どれも重いことなのです。
著者が、理解し乗り越えてきて、今まっすぐに向かい合っていること、それが率直な語り口のなかに示されていました。まだ過程であり途中のことかもしれませんが、その一歩の踏み出しの意味は大きなものがあると受け止めました。小林美佳さん、ありがとう、あなたの一歩が私にも新しい勇気を与えてくれました。そして投げかけられた課題を念頭にわすれずに置くことも。
ひとことで伝えられる内容ではありません。男女をとわず多くの人に読んでほしいものと思いました。部下を持つものも持たないものもとくに男性自衛官にはお勧めの本ではないかとふっと感じたのは、もしかしたら私の思い込みからくる間違った発想でしょうか。
小林さんは、冒頭の「このページを開いてくださった『あなた』へ」のなかで、以下のように述べています。私がその場ですぐ購入することとし、その日のうちに読みきった動機となったところです。
「あってはならないことだけど、もしも近くにいる人が犯罪に巻き込まれたときーー。『どうしよう』とうろたえたり、被害者の感情が『解らない』と投げ出したり、『元気出して』と表面的な励ましの言葉をかけたりするのではなく、”こんなことを言っていた被害者がいたなぁ”と、思い出してもらえたら。この手記が、ひとつの理解に繋がっていけたら嬉しいと思う。
『理解』
これが、私が願うたったひとつの、とても強力な被害者への支援である。
大切なのは、制度でも警察でも支援団体でもお金でも復讐でもない。近くにいる人の支えや理解なのだ。しかし、身近な人が犯罪や被害にあったとき、それを実行に移すのは容易ではないはずだ。相手を思えばこその気持が募れば募るほど、被害者本人の感情とすれ違ってしまうはずだから。『そんなわけないじゃない』『私には関係ない』と思わず、頭の片隅に留めておいてほしい。
私が最も遺憾に思うことは、『被害者って、こんなに苦しいんです!』と訴えること。この記録が、そうとらえられないことを願いながら、書き始めた。
同情を買いたくないことだけは、先に伝えておきたい。」
以上 (UT) 080627
性犯罪被害者として、2007年にあるシンポジウムで本人が氏名を明らかにして7年前のことを発言、そのことが出版にもつながったようです。私見ですがおそらく実名では日本でははじめて公に出版された手記ではないでしょうか。たまたま書店で手に取ったのがこの本、それまで何も知らなかった私には偶然かつ幸運な出会いとなりました。
私自身、個人的なことから現在札幌地裁で行われている女性自衛官の人権裁判に関心を持っています。そのことが、本を手にしたきっかけとなったことは間違いありません。それにしても重い体験とそれと向き合って生きていくことの、厳しさ難しさ、改めて思い知ることとなりました。事件には何ひとつ同じものはありませんが、どれも重いことなのです。
著者が、理解し乗り越えてきて、今まっすぐに向かい合っていること、それが率直な語り口のなかに示されていました。まだ過程であり途中のことかもしれませんが、その一歩の踏み出しの意味は大きなものがあると受け止めました。小林美佳さん、ありがとう、あなたの一歩が私にも新しい勇気を与えてくれました。そして投げかけられた課題を念頭にわすれずに置くことも。
ひとことで伝えられる内容ではありません。男女をとわず多くの人に読んでほしいものと思いました。部下を持つものも持たないものもとくに男性自衛官にはお勧めの本ではないかとふっと感じたのは、もしかしたら私の思い込みからくる間違った発想でしょうか。
小林さんは、冒頭の「このページを開いてくださった『あなた』へ」のなかで、以下のように述べています。私がその場ですぐ購入することとし、その日のうちに読みきった動機となったところです。
「あってはならないことだけど、もしも近くにいる人が犯罪に巻き込まれたときーー。『どうしよう』とうろたえたり、被害者の感情が『解らない』と投げ出したり、『元気出して』と表面的な励ましの言葉をかけたりするのではなく、”こんなことを言っていた被害者がいたなぁ”と、思い出してもらえたら。この手記が、ひとつの理解に繋がっていけたら嬉しいと思う。
『理解』
これが、私が願うたったひとつの、とても強力な被害者への支援である。
大切なのは、制度でも警察でも支援団体でもお金でも復讐でもない。近くにいる人の支えや理解なのだ。しかし、身近な人が犯罪や被害にあったとき、それを実行に移すのは容易ではないはずだ。相手を思えばこその気持が募れば募るほど、被害者本人の感情とすれ違ってしまうはずだから。『そんなわけないじゃない』『私には関係ない』と思わず、頭の片隅に留めておいてほしい。
私が最も遺憾に思うことは、『被害者って、こんなに苦しいんです!』と訴えること。この記録が、そうとらえられないことを願いながら、書き始めた。
同情を買いたくないことだけは、先に伝えておきたい。」
以上 (UT) 080627
2008年06月19日
三浦綾子記念文学館会館10周年
三浦綾子記念文学館が、開館10周年をむかえ、6月13日記念行事が行われました。私も当日参加しました。
展示内容の一新、収蔵庫の新設(建設中)などが行われました。13日9時からテープカットを行い、新しいスタートとなりました。
そのことを含め、ウェブマガジン カムミンタラ7月号特集でお届けします。
なお、文学館2階の三浦綾子光世夫妻の執筆シーンのパネル写真は、今回新設されたものですが、カムイミンタラ1986年5月号の特集「時代とわたし」で使用した写真から作成されたものです。当時、カラーでのおふたりの執筆シーンははじめてとある人から指摘されました。それが時を経て、館内展示にも生きることとなりました。
以上 (室長) 080619
展示内容の一新、収蔵庫の新設(建設中)などが行われました。13日9時からテープカットを行い、新しいスタートとなりました。
そのことを含め、ウェブマガジン カムミンタラ7月号特集でお届けします。
なお、文学館2階の三浦綾子光世夫妻の執筆シーンのパネル写真は、今回新設されたものですが、カムイミンタラ1986年5月号の特集「時代とわたし」で使用した写真から作成されたものです。当時、カラーでのおふたりの執筆シーンははじめてとある人から指摘されました。それが時を経て、館内展示にも生きることとなりました。
以上 (室長) 080619
2008年06月06日
2006年5月号「イラク派兵差止北海道訴訟」関する特集に資料追加しました
ウェブマガジン カムイミンタラ2006年5月号特集「元自民党代議士・箕輪登さんが問うたもの イラク派兵差止訴訟」に、このたび資料追加しました。特集以降のものを新たに加えたものです。
箕輪さんの言葉(葬儀の際に使われました)、北海道訴訟第1審判決とそれに対する弁護団などの見解、また名古屋訴訟における名古屋高裁判決と原告側評価です。(9)から(15)です。なお、(10)から(13)については北海道訴訟事務局、(14)(15)についてはは名古屋訴訟事務局、それぞれのご理解もいただいたうえでの掲載です。
訴えの原点とともに全国での呼応する声の高まりを感じていただけたら幸いです。
以上 (室長)080606
箕輪さんの言葉(葬儀の際に使われました)、北海道訴訟第1審判決とそれに対する弁護団などの見解、また名古屋訴訟における名古屋高裁判決と原告側評価です。(9)から(15)です。なお、(10)から(13)については北海道訴訟事務局、(14)(15)についてはは名古屋訴訟事務局、それぞれのご理解もいただいたうえでの掲載です。
訴えの原点とともに全国での呼応する声の高まりを感じていただけたら幸いです。
以上 (室長)080606
2008年05月31日
「アイヌの人々は先住民族」、国会決議へ
5月31日朝日新聞朝刊、「『アイヌの人々は先住民族』今国会で決議採択へ」との報道を行いました。超党派の「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」(もちろん北海道選出の議員が中心です)が、決議案を作成、各党がその内容を受け入れる方向となったようです。
決議案は「先住民族」として認める内容だそうです。大きな一歩につながるものとして期待したいと考えています。ようやく現実に政治が追いついてきました。
しかし、日本政府は、「1996年の有識者懇談会報告書でアイヌ民族の先住性・民族性を認めたが、先住民族とは明確に認めていない」ようで、今の政府も「政府は、国会決議が採択されても従来の見解を変更する姿勢は示していない」そうです。
その点が、これからどのようになるのか、注目したいところです。
以上 (室長)080531
決議案は「先住民族」として認める内容だそうです。大きな一歩につながるものとして期待したいと考えています。ようやく現実に政治が追いついてきました。
しかし、日本政府は、「1996年の有識者懇談会報告書でアイヌ民族の先住性・民族性を認めたが、先住民族とは明確に認めていない」ようで、今の政府も「政府は、国会決議が採択されても従来の見解を変更する姿勢は示していない」そうです。
その点が、これからどのようになるのか、注目したいところです。
以上 (室長)080531
2008年05月13日
「北の酪農の父 ダン」
カムイミンタラでは、北海道の農業についての特集もいくつか行ってきました。そのなかには、酪農に関するものもあります。その北海道の酪農の基礎をつくることに貢献したのがエドウィン・ダンです。
日本経済新聞5月9日朝刊文化欄に郷土史家田辺安一氏、が、「北の酪農の父 ダン」と題してエドウィン・ダンについて寄稿していました。
米国人エドウィン・ダンは、北海道開拓使の「お雇い外国人」の農業教師として1873(明治6)年に来日、母国での牧場経営経験から北海道での牛などの飼養場開設を指導しました。1876(明治9)年から開拓使が廃止される1892(明治15)年まで北海道で活躍しました。明治9年に札幌に真駒内牧牛場(現札幌市南区でいまはなく記念館が建てられている)開設、これは現在新得町にある道立畜産試験場のルーツだそうです。
田辺氏は、畜産試験場に勤務していた縁で、ダンについて研究を深め、定年退職後もダンを検証する財団法人に席をおいて1次資料の調査を行ってきました。その過程で、日本女性と2度結婚した最初の妻「ツル」の特定とか、も果たしていました。
私はダンを北海道開拓に貢献したアメリカ人くらいしか認識していず、北海道に生まれ育ったひとりとしてその無関心ぶりを反省することになりました。
田辺氏はすでに1次史料を翻刻した3冊の資料集をまとめたばかりでなく、さらに意欲を燃やして取り組みを進めておられるようです。成果多かれと願わずにおれませんでした。
「開拓使の廃止後ダンは帰国するが、外交官として再び来日。実業家としても活躍した後、1931(昭和6)年東京で永眠した。
今私は、ダンの農業教師としての仕事ぶりと北海道での公的生活、私的生活の全体像を明らかにする新たな資料集の編集に取り組んでいる。1次史料こそが、4半世紀を日本のために捧(ささ)げた先覚者の実像を伝えてくれるからである。」
以上 (室長) 080513
日本経済新聞5月9日朝刊文化欄に郷土史家田辺安一氏、が、「北の酪農の父 ダン」と題してエドウィン・ダンについて寄稿していました。
米国人エドウィン・ダンは、北海道開拓使の「お雇い外国人」の農業教師として1873(明治6)年に来日、母国での牧場経営経験から北海道での牛などの飼養場開設を指導しました。1876(明治9)年から開拓使が廃止される1892(明治15)年まで北海道で活躍しました。明治9年に札幌に真駒内牧牛場(現札幌市南区でいまはなく記念館が建てられている)開設、これは現在新得町にある道立畜産試験場のルーツだそうです。
田辺氏は、畜産試験場に勤務していた縁で、ダンについて研究を深め、定年退職後もダンを検証する財団法人に席をおいて1次資料の調査を行ってきました。その過程で、日本女性と2度結婚した最初の妻「ツル」の特定とか、も果たしていました。
私はダンを北海道開拓に貢献したアメリカ人くらいしか認識していず、北海道に生まれ育ったひとりとしてその無関心ぶりを反省することになりました。
田辺氏はすでに1次史料を翻刻した3冊の資料集をまとめたばかりでなく、さらに意欲を燃やして取り組みを進めておられるようです。成果多かれと願わずにおれませんでした。
「開拓使の廃止後ダンは帰国するが、外交官として再び来日。実業家としても活躍した後、1931(昭和6)年東京で永眠した。
今私は、ダンの農業教師としての仕事ぶりと北海道での公的生活、私的生活の全体像を明らかにする新たな資料集の編集に取り組んでいる。1次史料こそが、4半世紀を日本のために捧(ささ)げた先覚者の実像を伝えてくれるからである。」
以上 (室長) 080513
2008年05月06日
カムイミンタラ2008年5月号公開しました
カムイミンタラ2008年5月号公開しました。特集は、余市町の青少年自立支援センター「ビバハウス」、運営にたずさわっている安達俊子さん尚男さん夫妻の活動をとりあげています。
随想は、荻野富士夫さん、吉田真弓さん、山口保さんにご寄稿いただきました。
「ビバハウス」、多くの方の支えがあってこその活動でした。なにがそんなに人が支援するのでしょうか。直接結びつくことではありませんが、連想がわきました。一見わずらわしいように思われる世間との付き合い、そうしたつきあいのながでかもし出されるものがあるのではないか、ということです。
「ビバハウス」の特集、知っている人から話を聞いたのがきっかけ、ひょんなことからの取り上げとなりました。その方の読後感はどうだったでしょうか。
以上 (室長) 080506
随想は、荻野富士夫さん、吉田真弓さん、山口保さんにご寄稿いただきました。
「ビバハウス」、多くの方の支えがあってこその活動でした。なにがそんなに人が支援するのでしょうか。直接結びつくことではありませんが、連想がわきました。一見わずらわしいように思われる世間との付き合い、そうしたつきあいのながでかもし出されるものがあるのではないか、ということです。
「ビバハウス」の特集、知っている人から話を聞いたのがきっかけ、ひょんなことからの取り上げとなりました。その方の読後感はどうだったでしょうか。
以上 (室長) 080506

