2007年08月09日

7月号特集にお便りがよせられました

7月号特集「声をあげるアメリカ市民 藤本幸久『戦争をする国の人々』を撮る」に関して、アメリカで生活している日本人読者からお便り(メール)が寄せられました。その一部ご紹介させていただきます。

「さっそくカムミンタラ7月号、読ませていただきました。全てその通りだと思いながら。レポートの内容をどうして一般市民、というか私たちの様な者までが知っているのか?

それはアメリカの報道の底力なの。ハッキリした政府批判の立場で報道することは、報道そのものの理念に反することと、そんなことしたら、即、首になるーーそれはそれは凄い力をだすのよ、アメリカの政府って。だから、ハッキリした立場に立たないで、上手に事実を伝えてくれるの、材料は全て提供します、−ー判断はどうぞ皆ご自由にーーって。そこに対してはとてもオープンな国だと思います、そして骨も入っています。意識もとても高いです。(中略)

そして一般市民の生活もここへ来て、ハッキリと長期の戦争による重圧に苦しみ始めています。外からは普通に生きているようでも、いくつものクレジットを回して支えていり現実との間の空洞が、底知れぬほどの深さを作っています。それが突然現実を支えられなくなる瞬間がくることは間違いありません。ギャンブル、暴力、不信ーー凄いことになっている戦争をしている国です。アメリカ人は驚くほど我慢強い性格なんですよ。国のためならば相当のことを耐えようとするんです。NYだけでなく、国防省の中枢をやられたんですからーーパールハーバーで原爆を落とした国です。ただ引っ込むわけにはいかない。でもこの深い傷が何世代にも渡って引き継がれる事を警告している医者もちゃんといます。

日本人が真っ直ぐに現実を見つめ、訴えるーーすごかったです、ありがとう。」

以上 (室長) 070809
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2007年07月31日

三浦綾子「時代とわたし」英語版

カムミンタラ1986年5月号特集は、三浦綾子さんのインタビュー「時代とわたし」です。アーカイブズで読むことができます。

今回、その英語版を作成、ウェブマガジン カムイミンタラ のホームページでも公開といたしました。それにいたる経緯は以下のとおりです。

いままでパンフレット(日本語)を作成し、三浦綾子記念文学館に提供、来館者へのサービスのひとつとさせていただいてきました。それを目にした韓国の方(日本語に堪能と思われます)が、ハングル版をつくりたいと文学館に申し入れたそうです。昨2006年秋、文学館評議員の馬場さんから、そうした人がいるが当方として了解するかどうかの投げかけありました。韓国の人が内容に関心を持ってくれたことで、内容は今に通じているし、日本だけにとどまらないものがあるかもしれないと、びっくりしたものです。了解するし、パンフレット作成の印刷などの協力も必要があればしたい答えておきました。

文学館の案内リーフレットは、そういう形で、ハングル版がつくられ活用されているそうです。

改めて、その話の進行度合いを馬場さんに聞いたのが、今年5月でした。まだ翻訳は終わっていないようだとの返事でした。それなら、別に英語版をつくってもよいのではということが、二人の意見で一致しました。

文学館より三浦綾子ファンで札幌在住の米国人デボラ・デビッドソンさんを紹介され、翻訳をお願いしました。たいへん前向きに取り組んでいただき、8月1日印刷の英語版のパンフレットとなりました。

あわせてウェブマガジンでも公開しようということで、平行した取り組みとなりました。パンフレット、ウェブマガジンで、三浦綾子さんへの理解と関心が高まることに少しでもお役にたてばこれにまさる喜びはありません。

北海道への観光客もますます多国籍になっています。国際化するなかで文学館として、英語、中国語、ハングルなどでの解説を充実させようとしています。カムイミンタラ特集の英語版パンフレットも、その動きに呼応する支援となるようです。

以上 (室長) 070731








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2007年07月30日

三浦綾子記念文学館を訪問しました。

7月26日、旭川市の三浦綾子記念文学館を訪問しました。隔月刊誌カムイミンタラ1986年5月号特集が故三浦綾子さんへのインタビュー「時代とわたし」でした。パンフレットに仕立て直し、文学館へ提供することをこれまで行っていました。今回英語版も作ることとなり、作業が進められていました。最終段階となったため、文学館関係者への報告と打ち合わせもあって、訪問したものです。

当日おられた三浦光世館長他の方々にお会いしました。直接の刊行物や著作ではなくても、英語版でのパンフレットがまもなくということに、館長他喜んでいただきました。

文学館も来年が10周年、それにむけてのまわりからの支援のひとつにはなりそうです。経過などについて、できあがった時点で改めてここで報告とさせていただきます。

以上 (室長) 070730

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2007年07月01日

カムイミンタラ2007年7月号公開しました

ウェブマガジン カムミンタラ 2007年7月号(第16号 通巻136号)公開しました。

特集は、道内在住の映画監督藤本幸久さんと今制作中の「アメリカ −戦争する国の人々」(仮題)についてです。ずいそうには、はた万次郎さん、吉田三千代さん、河田充さんに登場いただきました。

藤本さんの映画づくりが進行中ということをたまたま知ったことが、特集でとりあげてみようかということになり、7月号特集「声をあげるアメリカ市民 −藤本幸久『戦争をする国の人々』を撮る」で実現しました。なにしろアメリカ現地取材の映画に関することをとりあげるのですから、特集としては異色といえば異色。藤本さんの思いと映画の骨格がうまく伝えられるものとなっているでしょうか。読者の判断を待ちたいところです。

藤本さんは、イラク戦争を続けている国アメリカが、国民に対して、どれほどの無理をおしつけているか、カネの面でも人の面でも戦争を続けられない状況になっているかを、取材の中で見出すこととなりました。そして老若男女と問わず、さまざまな市民が、被害者になることにも加害者になることにも、異議申し立ての声と行動を起こしていることも見出しました。それは資料としての予告編にも表れています。

映画が問いかけるだろうものとして、アメリカ市民の異議申し立てを、海をへだてたわれわれがどう考えるか受け止めるかがあります。現在制作中の映画が内容濃くできあがってほしい、それを多くの人が観てほしいものだ、との気持ち、特集がまとまっていく中で持つことになりました。

以上 (室長) 070701






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2007年06月28日

米下院外交委員会、従軍慰安婦問題に関する決議案可決

6月26日午後、米国議会下院外交委員会で、「(日本軍による)従軍慰安婦問題に関する決議案」を、一部修正のうえ賛成39反対2という大差で可決しました。ペロシ下院議長(民主党)は、声明を出し、7月にも下院本会議にはかる姿勢を明確にしました。7月中に下院でも決議案が採択される形勢です。

6月27日朝日新聞朝刊は、1面、2面、28面で報道、いろいろな国内での発言も伝えています。

「『従軍慰安婦』などの著書がある吉見義明・中央大教授(日本近現代史)は『きちんと謝罪したらどうか』という米国の助言は真摯に受け止めるべきだ』と言う。
吉見さんは『アジア女性基金(女性のためのアジア平和国民基金)による償い金や総理のおわびの手紙は、問題の前面解決につながらなかった。日本政府は当時の軍や政府の責任を明確に認め、謝罪と国家補償を盛り込んだ声明を出すべきだ。補償のための立法措置も必要だろう』と話した。」

「作曲家のすぎやまこういちさんは、作家や国会議員の賛同を得て、14日付米紙ワシントンポストに『事実』と題する全面広告を出した。
『日本軍の強制を示す文書はない』などと訴える内容。決議案をめぐる報道に『何も言わないと(日本が)認めたことになってしまう』と考え、準備したものだっとという。
すぎやまさんは『決議案には多くの事実誤認がある。慰安婦の方々の境遇に深く同情するが、当時の政府や軍が日本や朝鮮の女性を強制的に慰安婦にさせた事実はない。根気強く「当時の政府は強制を禁じた」という事実を官民あげて提示するしかない』と話した。」

また同紙によると、通過した決議の要旨は、以下のようです。

「日本政府は、1930年代から第2次世界大戦にかけ、旧日本軍が若い女性に性的な奴隷状態を強制した歴史的責任を明確な形で公式に認め、謝罪し、受け入れるべきだ。

この制度の残虐性と規模は前例がない。20世紀最悪の人身売買事件の一つである。

日本の教科書の中には、慰安婦の悲劇などを軽視しようとするものがある。最近、日本の官民の要職にある者は、河野洋平・内閣官房長官が93年、慰安婦に対し謝罪や後悔の念を表明した談話の内容を、弱めるか撤回してほしいと要望した。

日本政府の当局者や市民による熱心な努力や情熱によって、95年に民間の『アジア女性基金』が設立されたことを、下院は賞賛する。

日本が謝罪するにあたっては、首相が公式の声明を出すべきだ。

日本政府は、旧日本軍のために慰安婦が性的な奴隷状態にされ、売買された事実はなかったという主張に明確に反論すべきだ。

日本政府は、慰安婦に関する国際社会の声を理解し、現在と将来の世代にこの恐ろしい犯罪について教えるべきだ。」

国際社会からのなげかけ、どう受け止めることなのか。ひとりひとりにとっても重いものがあります。

以上 (UT) 070628
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2007年06月19日

函館野外劇

6月19日日本経済新聞文化欄は、「函館の歴史伝える野外劇」と題した寄稿でした。20年に及ぶ野外劇の成り立ちと歴史と、今の課題を簡潔に要領よく語っているのは、市民創作「函館野外劇」の会理事長代行の輪島幸雄さん。

輪島さんは第1回の野外劇に出演、やみつきになったそうです。7年前から野外劇の運営に専念しています。「観客に喜んでもらえることが何よりもうれしい。先人たちの心意気と旺盛な進取の精神を思いながら、今後も市民の心合わせの場となるよう続けていきたい。」が、
文章の結び。

ウェブマガジン カムイミンタラ アーカイブズ には、隔月刊誌カムイミンタラ1995年9月号第70号で「市民創作 函館野外劇」を特集したものを公開しています。これもあわせてご覧いただければ、野外劇の理解もさらにすすむかもしれません。

以上 (室長) 070619


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2007年06月11日

女性自衛官国家賠償請求裁判第1回口頭弁論

6月11日、道内勤務の女性自衛官(21歳)が起こした国家賠償請求の訴訟の第1回口頭弁論が、札幌地裁(斎藤紀子裁判官)で開かれました。

原告本人が意見陳述のに立ち、事件後、そして訴訟提起後の所属基地上官による退職強要、嫌がらせなどが続く実態を訴えました。

これに対し、国側は「事実関係を調査中、8月に答弁書を」でありながら、なぜか「請求棄却」との主張としているそうです。

「女性自衛官の人権裁判を支援する会」(竹村泰子さんら共同代表)が結成され、6月3日には同名でのHPも開設されました。事件と裁判の内容などが伝えられるものとなっています。

以上 UT 070611
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2007年06月05日

シンディ・シーハンさんの近況

イラク戦争で息子を失い、イラク戦争反対の先頭に立ってきた米国の主婦シンディ・シーハンさんが、これまでのように活動の第一線に立つことを控えるという報道が最近ありました。

シーハンさん、おつかれさまでした、しばらく一服してください、というのが、私の第一の感想です。

彼女の行動で燃え上がった、イラク戦争は間違ったものであり、撤退を含めて正されなければならないという声は、米国の多数意見となりました。後に続く人、行動に立ち上がる人を次々に生み出しています。

大きな役割をはからずも果たしたシーハンさん、先頭にいなくても、引き続きはげまし続ける存在でしょう。日本でも多くの人に影響をあたえることになりましたから。

以上 (UT)070605
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2007年05月09日

航空自衛隊女性隊員、わいせつ被害で札幌地裁に国への賠償請求提訴

5月8日、道内の航空自衛隊の女性隊員が、札幌地裁に国を相手取り1100万円の損害賠償を求める訴えをおこしました。9日の北海道新聞などの報道によると、同僚男性からわいせつ行為をされ、被害を相談した上司から逆に退職を強要されたからだそうです。

提訴後の記者会見で女性の父親が「現職のまま闘います」との本人のコメントを代読。父親は娘から打ち明けられたときの心境を「本当につらかった。言葉には尽くせない」と語ったといいます。

代理人が、佐藤博文弁護士、自衛隊イラク派兵差止訴訟でも奮闘している人です。自衛隊員の悩みや問題もくみ上げる活動もしており、そのことが、依頼にもつながったのでしょうか。

以上 (UT) 070509
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2007年05月07日

日経、ウインド・カー利用者紹介

5月6日日本経済新聞一面連載「イエコノミー」第4回で、家計簿の帳尻合わせだけではなく長い目で環境問題に取り組む「イエコロジー」を紹介してます。

環境家計簿や太陽光発電などの事例とともに、札幌の宮本さんがカーシュアリングに切り替えたことも伝えています。その専門会社のウインド・カー(本社札幌)の全国展開の動きもあわせて報じています。

カムイミンタラ07年1月号特集がカーシェアリングに取り組むウインド・カーについてでした。あちこちから注目される活動になっていること、うれしく感じました。

以上 (室長) 070507
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2007年05月05日

5月3日北海道新聞に品川正治さん登場

5月3日の北海道新聞憲法特集に、品川正治さんが登場していました。ふたりの人が大きく登場しており、そのひとりでした。

カムミンタラ3月号特集で品川さんの1月の札幌講演を紹介しました。ますますお元気な近況にも遭遇したわけです。

憲法問題、さまざまな意見を踏まえながら、考えていくこと、ますます大切なようです。

以上 (UT) 070505
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2007年04月07日

3月号特集品川正治さん講演

ウェブマガジン2007年3月号は、品川正治さんの札幌講演を特集しました。経済人として、今後の日本経済のありかたは平和を抜きにしては考えられない、市民階級はきちんとした声をあげるべきだ、とのご自身の考えを、著作や講演で、訴えている方です。

1月末札幌で講演が実現したことから、主催団体やご本人にも了解をいただき特集企画として実現しました。「戦争を起こすのも人間、止めるのも人間」の言葉は、本当に重いものがあります。明るくさわやかな品川さんを、ぜひ講演などからお感じください。

だいぶたってからの案内はいささかとってつけた印象をお持ちになる方もおられるかもしれません。公開以来、何人もの方から、「勉強なった」「そういう考えもいえるな」と、声をかけられているのですが、最近つぎのような体験をしたからです。

何年ぶりかでたまたまある友人と会いました。近況を交換し合い話しに花を咲かせたものです。その彼が憲法をめぐる今の状況を懸念もしていました。長いつきあいですがそういう言い方をしたことのない友人がと、驚かされました。そこでこういう経済人もいるよと、品川さんのことに言及、著作を読んだらと勧めました。ウェブマガジン カムミンタラのことも宣伝しておいたのです。あとすぐに「面白かった」と電話ももらうことになったのも驚きでした。

かんでみると、さまざまに味のある内容なのだなと改めて思いました。ユニークな特集とも言われたのです。

以上 (室長) 070407






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2007年02月09日

エーレン・ワタダ中尉の米軍事法廷、審理無効で3月に延期

2月上旬にシアトルで開かれた、イラク派遣拒否のエーレン・ワタダ中尉を裁く米軍事法廷は、審理無効として3月に延期になりました。早々の判決とはなりませんでした。
ワタダ中尉への支援声援は、米国内でも広がりをみせているようです。
ブッシュ米大統領の起こしたイラク戦争は、憲法違反であり、命令を拒否するとのワタダ中尉、筋を通して屈せず戦っています。
自衛隊イラク派遣差止め訴訟を起こした故箕輪登さん、ワタダ中尉のことを知ったならどんな感慨を持たれることでしょう。

以上  (室長) 070209
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2007年01月01日

カムイミンタラ2007年1月号公開しました

ウェブマガジン カムイミンタラ2007年1月号(第13号 通巻133号)公開しました。

特集は、札幌発のカーシェアリングの動き、クルマ社会にも時代の変化流れが押し寄せていることを感じさせる内容です。ずいそうは秋山さん、加賀谷さん、新田さん、それぞれ熱のこもったご寄稿をいただきました。

インターネットがすっかり日本でも定着、その影響ますます大きくなる方向です。カムイミンタラが、ウェブマガジンとしての再出発をしてまる2年経過しました。ローカルな地域での発言ということは変わりませんが、ローカルなミニコミ的な存在ということからいっても、紙媒体から切り替えたことは間違ってはいなかったようです。これも時代変化のあらわれといえるのかもしれません。

アーカイブズとしての資料性も格段に高まりました。過去の紙媒体でだけであれば考えられないほどの、皆様への情報プレゼントです。検索できることがその利便性をいっそう高めています。記録としての意味も集積の中から高まりました。

さらに、ウェブマガジンになってからは、その後のものについては融通性が高まりました。公開したあとからでも資料の追加ができることがそのもっとも大きな効用でした。カムイミンタラブログを併設したのも、双方向の追求であり、つながりのひろがりに貢献しています。

2007年もよろしくお願いいたします。

以上 (室長) 070101



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2006年12月23日

米誌タイムの2006年の「今年の人」は「あなた」

12月18日号の米誌タイム、「パーソン・オブ・ザ・イヤー」(今年の人」を発表しました。2006年は「You](あなた)でした。個人に限らなかった例は過去にあるそうですが、しかし異例の選択です。

一般市民をさす「あなた」をとりあげたのは、インターネットを通じて世界中の各個人が情報や動画を自由に発信し、周囲に大きな影響を与える時代に入ったという理由だそうです。

インターネットが世界に及ぼす影響の大きさを象徴する記事として読みました。ウェブマガジン カムイミンタラ も、そうした流れや期待に応えるものになっているのでしょうか。自戒を含めての報道の受け止めとなりました。

以上 (室長) 061223
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2006年12月18日

ドクさん、末永くお幸せに

12月16日、グエン・ドクさん(25歳)が、グエン・ティ・タイン・トゥエンさん(24歳)と結婚式をあげました。

ドクさんは、ベトナム戦争中に米軍が散布した枯葉剤の影響とみられる結合性双生児として、1981年兄のベトさんと生まれました。その後、日本からの医療支援も含めて、治療を続け1988年には分離手術に成功、今は松葉杖をつきながらも社会人としての活動を行えるようになりました。

日本にも何回も着ていますが、2005年には初めて北海道も訪れました。ウェブマガジン2005年5月号(第4号 通巻124号)特集「ドクさん こんにちは」がその状況を伝えています。

昨年から交際を続けていたトゥエンさんと、このたびめでたく挙式の運びとなりました。日本からの人も含めて盛大な式を行ったようです。

ドクさん、おめでとう。末永くお幸せに。ふたりで歩んでいってください。

以上 (室長) 061218
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2006年12月11日

仙波敏郎さんの裁判で、原田宏二さん齋藤邦雄さん証言

9月5日に、松山地方裁判所で、道警OBである原田宏二さん、齋藤邦雄さんの証言が行われました。愛媛県警の現職警察官仙波敏郎さんが起こした損害賠償請求の裁判の公判でです。

仙波さんは、現職警察官として全国で初めて「警察の裏金」問題(愛媛県警に関して)を告発しました。その結果不当配転されました。本人の申し立てを、県の人事委員会が認め、前の職場に復職し、現在に至っています。

仙波さんは、このようなしうちにたいして賠償を求める裁判を起こし、現在進行中です。この裁判の9月5日の公判での原田さん、齋藤さんの証言ぶりについて、「仙波敏郎さんを支える会」のホームページで、東玲治さんが連載ドキュメント第29回(10月4日公開)で、くわしく紹介しています。

「仙波の告発は、不正の輪郭をくっきりと浮かび上がらせた。しかし不正の実態を明らかにすることはできなかった。なぜなら、仙波は一度も不正にかかわっていないからだ。原田は道警最高幹部にあった立場で大局的に、齋藤はまさに裏金作りに直接かかわった立場で、仙波がどうしても説明しきれなかった空白部分を、余すところなく、証言で埋めた。仙波の告発にウソ偽りはない事が明らかにされた。少なくとも傍聴した人は皆がそう思ったに違いない。」

東さんの連載ドキュメント29回、9月5日にむけての原田さん齋藤さんの陳述書(いずれも8月11日)を、カムイミンタラ2005年11月号の特集に資料として加えました。あわせてご覧いただければ幸いです。

以上 (室長) 061211

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2006年12月03日

知的格闘技 「チェス」「将棋」「囲碁」

今開催されているアジア大会、中東カタールのドーハで行われています。日本人選手の活躍も報じられています。

大会競技の中に、正式競技になっているかどうかまでわかりませんでしたが、チェスが含まれています。いわゆる西洋将棋です。たいへん驚きました。チェスは国際基準での知的格闘技なのです。日本からも参加していました。オリンピックにも認めてもらおうという動きはあるはずですから、次の北京オリンピックにも登場するかもしれません。

日本でもさかんに行われている将棋、囲碁も、チェスがそうであれば、劣らない知的格闘技です。囲碁は中国発祥で、韓国、北朝鮮、日本でもたいへん盛んです。囲碁人口も世界に広がっているようですから、チェスに続いてそうした舞台にも登場を期待できるかもしれません。

将棋は、日本独特の発達をしたいわば日本のチェスです。世界に広まり、いまいったスポーツ大会に登場するのは、囲碁よりも遅いかもしれません。しかし、長い深い伝統と奥行きをもった競技です。

日本ではプロの組織として、これまで日本将棋連盟がありました。プロ資格となるプロ四段を養成機関奨励会を勝ち抜いて達成した人がプロ棋士です。女性ではまだ達成した棋士はおらず、「女流棋士」という扱いでプロ棋戦に参加もしてきました。将棋連盟に所属していますが正会員ではないそうです。これは何も男と女では違うからというものではないわけでしょうが、区別されてきたわけです。スタートでの違いはあったかもしれませんが、女流棋士も研鑚するなか、男性プロ棋士とひけをとらず指せる人も何人もでてきたそうです。本当のトップレベルにもあと一歩のところなのでしょう。

このたび、その女流棋士たちが、女性棋士たちだけの組織をつくることで動き出すそうです。12月1日会合が持たれ、「女流将棋協会(仮称)設立準備委員会」が設置されました。来春にむけての活動です。

日本将棋連盟も、その独立を「支援」の構えとか、協力組織という関係になるのでしょうか。私にはわかりづらいところがありますが、女流タイトルもあり、独自活動も行っていきたいとの気持ち意見が多数の女性棋士の意見のようです。ゴルフは、競技の面でも組織の面でも、男性と女性は違っています。そういうことも念頭にあるのでしょうか。

囲碁の場合は、男性も女性も同じ条件の試験を勝ち抜いてのプロ棋士です。女流タイトルは別にあっても、普通のタイトル戦にも参加する形です。韓国ではビッグタイトルを取る女性棋士(中国出身ですが)もでました。将棋も実力的には、男女差はもっと埋まる方向で進むでしょう。走ったり、力比べをするというもので、どうしても男女差があるものではありません。男女を問わないタイトル戦での女性の活躍もこれからますますでてくるでしょう。その大きなバネに、「女流将棋協会」がなってくれることを期待します。

カムイミンタラ アーカイブズ」でキーワード検索してみましたら、囲碁で1件、将棋で1件でした。市民に定着したものとして、将棋や囲碁が言及されていました。チェスは2件です。

以上 (UT) 061203
 


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2006年11月28日

地雷撤去で平和貢献

11月27日日本経済新聞文化欄、ジオ・サーチ会長冨田洋(とみた・ひろし)さんの寄稿を掲載しました。

「ジオ・サーチはレーダーを積んだ車で地上を走りながら地中の空洞を探査し、道路や地面の陥没を未然に防ぐ技術を世界で始めて実用化した」会社だそうです。「これを応用し、地雷の探知技術の開発を無償でお手伝いすることになった」

1998年に日本の非政府組織「人道目的の地雷除去支援の会(JAHDS)」が発足、日本の有力企業が人やモノをもちよって活動を続けてきたそうです。

タイとカンボジア国境の山頂に9世紀末建設されたピレア・ビヒア寺院(クメール語で山上の聖なる寺院の意味)という古代の大遺跡がありました。しかし国境紛争や内戦で周辺は地雷や不発弾が埋まる危険地帯となり、人が足を踏み入れることがままならない状態で放置されてきました。

2004年7月より、JAHDSがタイ・カンボジア両政府の要請を受け、両国の和解のシンボルとして寺院を共同開発することとなった寺院周辺の地雷除去に取り組むことになりました。多くの人手とお金をかけたプロジェクトは今年の夏に完了、新聞掲載の日に、現地で完工式が執り行われるのでした。

冨田さんは最後にこう語っていました。
「プロジェクトを終えたJAHDSは今日で解散し、機材や活動資金など一切をタイの財団に引き継ぐことになった。プレア・ビピア寺院から始まった『平和の道』がタイとカンボジアの国民によって今後も築かれていくことを願う」

企業が開発した技術が、平和目的で活用され成果をあげることのひとつの例としてたいへん感銘を受けました。取り組んだ冨田さんをはじめとする人たちの真剣な取り組みがうかがわれます。

目を開いてみると、日本企業が行っている平和貢献ともいえる活動が、さまざまな形で地道にあちこちでとりくまれているようです。富士メガネが、メガネの提供を通して難民支援活動を長年続けてきたこともそのひとつでした。ウェブマガジン カムイミンタラ2006年9月号随想に、メガネを通して難民支援活動を長年続けてきた富士メガネの活動について、会長の金井昭雄さんに寄稿いただいています。

以上 (UT) 061128
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2006年11月23日

木内綾さんの告別式

11月22日、旭川市文化会館で、11月5日亡くなられた優佳良織の織元木内綾さんの告別式が行われました。1924年旭川生まれ享年83歳でした。

旭川市で羊毛による織物優佳良織(当初名称ははユーカラ織)を発案創出、広く知られることになりました。また優佳良織工芸館、国際染色美術館などの美術館活動にも手を広げました。

木内さんの生前の幅広い活動を示す、多くの参会者が故人を偲びました。お別れの言葉を、薬師寺長老の松久保秀胤さん、五十嵐広三さん、三浦光世さんなどが行いましたが、いずれも、心のこもった内容でした。

最後に、ご子息の木内和博さんがごあいさつされ、参列者の献花でのしめくくりでした。

木内綾さんには、カムイミンタラ1985年9月号随想に「大雪の全容」と題して寄稿もいただいておりました。つつしんでおくやみ申しあげます。

以上 (室長)061123


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