2008年06月19日

三浦綾子記念文学館会館10周年

三浦綾子記念文学館が、開館10周年をむかえ、6月13日記念行事が行われました。私も当日参加しました。

展示内容の一新、収蔵庫の新設(建設中)などが行われました。13日9時からテープカットを行い、新しいスタートとなりました。

そのことを含め、ウェブマガジン カムミンタラ7月号特集でお届けします。

なお、文学館2階の三浦綾子光世夫妻の執筆シーンのパネル写真は、今回新設されたものですが、カムイミンタラ1986年5月号の特集「時代とわたし」で使用した写真から作成されたものです。当時、カラーでのおふたりの執筆シーンははじめてとある人から指摘されました。それが時を経て、館内展示にも生きることとなりました。

以上 (室長) 080619
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2008年06月06日

2006年5月号「イラク派兵差止北海道訴訟」関する特集に資料追加しました

ウェブマガジン カムイミンタラ2006年5月号特集「元自民党代議士・箕輪登さんが問うたもの イラク派兵差止訴訟」に、このたび資料追加しました。特集以降のものを新たに加えたものです。

箕輪さんの言葉(葬儀の際に使われました)、北海道訴訟第1審判決とそれに対する弁護団などの見解、また名古屋訴訟における名古屋高裁判決と原告側評価です。(9)から(15)です。なお、(10)から(13)については北海道訴訟事務局、(14)(15)についてはは名古屋訴訟事務局、それぞれのご理解もいただいたうえでの掲載です。

訴えの原点とともに全国での呼応する声の高まりを感じていただけたら幸いです。

以上 (室長)080606



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2008年05月31日

「アイヌの人々は先住民族」、国会決議へ

5月31日朝日新聞朝刊、「『アイヌの人々は先住民族』今国会で決議採択へ」との報道を行いました。超党派の「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」(もちろん北海道選出の議員が中心です)が、決議案を作成、各党がその内容を受け入れる方向となったようです。

決議案は「先住民族」として認める内容だそうです。大きな一歩につながるものとして期待したいと考えています。ようやく現実に政治が追いついてきました。

しかし、日本政府は、「1996年の有識者懇談会報告書でアイヌ民族の先住性・民族性を認めたが、先住民族とは明確に認めていない」ようで、今の政府も「政府は、国会決議が採択されても従来の見解を変更する姿勢は示していない」そうです。

その点が、これからどのようになるのか、注目したいところです。

以上 (室長)080531
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2008年05月13日

「北の酪農の父 ダン」

カムイミンタラでは、北海道の農業についての特集もいくつか行ってきました。そのなかには、酪農に関するものもあります。その北海道の酪農の基礎をつくることに貢献したのがエドウィン・ダンです。

日本経済新聞5月9日朝刊文化欄に郷土史家田辺安一氏、が、「北の酪農の父 ダン」と題してエドウィン・ダンについて寄稿していました。

米国人エドウィン・ダンは、北海道開拓使の「お雇い外国人」の農業教師として1873(明治6)年に来日、母国での牧場経営経験から北海道での牛などの飼養場開設を指導しました。1876(明治9)年から開拓使が廃止される1892(明治15)年まで北海道で活躍しました。明治9年に札幌に真駒内牧牛場(現札幌市南区でいまはなく記念館が建てられている)開設、これは現在新得町にある道立畜産試験場のルーツだそうです。

田辺氏は、畜産試験場に勤務していた縁で、ダンについて研究を深め、定年退職後もダンを検証する財団法人に席をおいて1次資料の調査を行ってきました。その過程で、日本女性と2度結婚した最初の妻「ツル」の特定とか、も果たしていました。

私はダンを北海道開拓に貢献したアメリカ人くらいしか認識していず、北海道に生まれ育ったひとりとしてその無関心ぶりを反省することになりました。

田辺氏はすでに1次史料を翻刻した3冊の資料集をまとめたばかりでなく、さらに意欲を燃やして取り組みを進めておられるようです。成果多かれと願わずにおれませんでした。

「開拓使の廃止後ダンは帰国するが、外交官として再び来日。実業家としても活躍した後、1931(昭和6)年東京で永眠した。
今私は、ダンの農業教師としての仕事ぶりと北海道での公的生活、私的生活の全体像を明らかにする新たな資料集の編集に取り組んでいる。1次史料こそが、4半世紀を日本のために捧(ささ)げた先覚者の実像を伝えてくれるからである。」

以上 (室長) 080513

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2008年05月06日

カムイミンタラ2008年5月号公開しました

カムイミンタラ2008年5月号公開しました。特集は、余市町の青少年自立支援センター「ビバハウス」、運営にたずさわっている安達俊子さん尚男さん夫妻の活動をとりあげています。

随想は、荻野富士夫さん、吉田真弓さん、山口保さんにご寄稿いただきました。

「ビバハウス」、多くの方の支えがあってこその活動でした。なにがそんなに人が支援するのでしょうか。直接結びつくことではありませんが、連想がわきました。一見わずらわしいように思われる世間との付き合い、そうしたつきあいのながでかもし出されるものがあるのではないか、ということです。

「ビバハウス」の特集、知っている人から話を聞いたのがきっかけ、ひょんなことからの取り上げとなりました。その方の読後感はどうだったでしょうか。

以上 (室長) 080506
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2008年04月29日

「イラク派兵九条違憲判決の効力」伊藤真氏の意見

週刊ウェブマガジン「マガジン9条」4月23日号の「伊藤真のけんぽう手習い塾(第64回)」で、伊藤真法学館憲法研究所長が、4月17日の名古屋高裁イラク自衛隊派兵違憲判決について言及しています。題して「イラク派兵9条違憲判決の効力」です。目配りのきいたある意味で詳細な発言で、幅広い論点に関して伊藤氏の所見が述べられています。多くの人に読んでもらい、その意見に対して、読んだ人それぞれが考えてほしいという気持にあふれた発言です。

その一部を紹介します。

「さて、その政治家ですが、与党の政治家からは、あの判決は、高裁だし、傍論にすぎないから、拘束力はなく従う必要はないという声が強いようです。福田首相も『それは判断ですか。傍論。脇の論ね。』空自の活動についても『問題ないんだと思いますよ。』と述べている。これはいくつかの点で誤解があるように思われます。

まず判決の拘束力の問題は、当該判決が、類似する別の事件に関して後の裁判所をどこまで拘束するのかという議論です。判決が立法権や行政権に対してどのような影響を持つのかという問題とは関係ありません。こちらは判決の権威性の問題であり、判決の拘束力の問題とは別ものです。これを混同している人が多いようです。

そして傍論にすぎないから拘束力がないという議論は、この拘束力の問題であり、後の裁判所が今回の判決に従う必要があるかどうかが問題になるときに必要な議論であり、ここで問題にしているような国会、内閣のとるべき対応とは直接、関係ありません。」

「以上から、今回の違憲判断は傍論でも蛇足でもなく、必要な判断として適切に行われたものといえます。

こうした裁判所の判断を行政府や立法府が無視することがあってはなりません。たとえ下級裁判所の判断であっても、丁寧に事実認定をした上での司法権の判断ですから、それに対して敬意を払い、慎重に当該問題の合憲性について再検討することが、三権分立からの要請であり、憲法を尊重する立憲民主主義国家の政治家の態度だというべきでしょう。

今回の判決に対する与党政治家の反応は、無知と無教養に起因するだけでなく、憲法を尊重する態度の欠如と思い上がりがその原因であるように思われます。そしてそれを許してしまう野党政治家とマスコミ、そして私たち国民にも問題がありそうです。」

以上 (室長)080429











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2008年04月21日

自衛隊イラク派遣、名古屋高裁で違憲判決出る

故箕輪登さんが、自衛隊のイラク派遣差止訴訟を最初に札幌地裁で起こしてから、それに続いて全国で市民による同種の訴訟が提起され、現在まで各地で裁判が続けられています。札幌の訴訟は、箕輪さんに加え、第2次原告も加わって続けられることとなりました。地裁審理段階で箕輪さんと他1名の原告がなくなられましたが、残りの原告が引き続き札幌高裁に控訴して裁判は続いています。

4月17日、名古屋での裁判(控訴審)で、画期的な判決が名古屋高裁(青山邦夫裁判長)で出されました。結論は原告側の敗訴とした名古屋地裁の判決を踏襲し、原告側控訴を棄却しているものの、判決の中で、重要な判断が出されました。イラクでの航空自衛隊の活動は「武力行使を禁じたイラク特措法に違反し、憲法九条に違反する活動を含んでいる」とし、さらに平和的生存権について「九条に違反するような国の行為、すなわち戦争の遂行などによって個人の生命、自由が侵害される場合や、戦争への加担・協力を強制される場合には、その違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求などの方法により裁判所に救済を求める場合がある」と言及しました。その内容に、原告側は「画期的判決」で「実質的な勝訴判決」と受け止めました。原告側は上告しない方針で、今回の高裁判決は確定することになります。

憲法九条をめぐる裁判で違憲判断がでたのは、これまでは1959年の砂川事件1審で「米軍の駐留」についてと、1973年の長沼ナイキ訴訟1審での「自衛隊」についてだけでした。長沼訴訟で札幌地裁で裁判長だった福島重雄さんは、現在77歳ですが、富山県で弁護士をされておられるようで、この知らせに深い感慨を覚えたと朝日新聞4月18日朝刊は伝えています。

故箕輪登さんは、今回の判決を草葉の陰でどれほど喜んでおられることでしょうか。2006年5月17日に行われた箕輪さんの葬儀のときの箕輪家のお礼文書での故人の言葉は以下のようなものでした。

「何とかこの日本がいつまでも平和であって欲しい。平和的生存権を負った日本の年寄り1人がやがて死んでいくでしょう。やがては死んでいくが死んでもやっぱり日本の国がどうか平和で働き者の国民で幸せに暮らして欲しいとそれだけが本当に私の願いでした。」

「ウェブマガジン カムイミンタラ」の2006年5月号(ウェブ版第9号)特集は「元自民党代議士・箕輪登さんが問うたもの イラク派兵差止訴訟」です。2006年2月27日の札幌地裁での箕輪さんの口頭弁論(生前最後のまとまった見解表明でした)のことを中心にとりあげています。ぜひ改めてお読みいただければと思います。

以上 (室長) 080421


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2008年03月26日

朝日新聞、仙波敏郎さんを記事で取り上げ

朝日新聞朝刊朝刊3面のシリーズ「内部告発」で、現職警察官で裏金告発を行った愛媛県警の仙波敏郎さんを取り上げていました。3月24日25日の第21回、22回で題して「警察の裏金」(奥山俊宏記者)です。

内容は告発とこれまでを、簡潔に紹介しています。事実の正確な要約にはなっています。全国紙の全国版でこうした紹介がなされることは、私としては感慨深いものがあります。北海道警察の裏金問題の実名告発(退職後ではありましたが)が、問題の存在と対処の必要性を大きく知らせてくれ、関心をもつこととなりました。これが現職の仙波さんの実名告発にもつながり、裏金が全国に存在することを知らせることにもなりました。

個人の勇気ある行為のあたえた大きな衝撃、これは引き続き大きな波紋とつながっていっています。仙波さんが一貫した姿勢を持ち続けていることも大きいでしょう。そして、共感し支援しようという人たちもまたたくさんいることを教えてくれることにもなりました。

仙波さんはなお、戦いの渦中です。所属組織の理不尽なふるまいに対して、彼の問いかけはつづいています。朝日新聞のように、他の大マスコミも次々と報じてほしいものです。気づき、関心を持つきっかけを拡げることになりますから。私の場合は、北海道新聞の道警に関する報道がそうであり、該当問題のカムイミンタラの特集となり、仙波さんの存在を知ることになっていきました。

以上 (室長) 080326









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2008年03月01日

2008年3月号公開

2008年3月号公開しました。

特集は、札幌市西区でスペースを確保し、演劇活動などにとりくんでいる「コンカリーニョ」を取り上げました。現在の活動につながる前史、現在の活動、そしてこれからは、メンバーからの多彩な発言もふくめて紹介しています。

随想は、武部豊樹さん、三部安紀子さんに寄稿いただきました。

じっくりお読みいただければ幸いです。

以上 (室長) 080301

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2008年02月15日

「すばる」での大江健三郎氏の発言

月刊文芸誌「すばる」(集英社)の2月号で、作家大江健三郎氏が「『人間をおとしめる』とはどういうことか −沖縄『集団自殺』裁判に証言して」と題する文章を発表しています。昨年大阪地裁で意見陳述したことに関してのものです。

現在、大江氏は、「沖縄ノート」(1970年9月岩波新書で刊行、その以前の雑誌「世界」の連載をまとめたもの)に関して、発行元の岩波書店とともに名誉毀損裁判の被告となっています。原告が、第2次世界大戦中の沖縄戦で、渡嘉敷島の旧守備隊長の実弟赤松秀一氏、座間味島の旧守備隊長梅澤裕氏だそうです。2005年8月5日に大阪地裁に訴えは起こされました。

大江氏は原告側の意図を次のように理解しています。
「つまり渡嘉敷島と座間味島の集団自殺をとげた老若男女について、かれら彼女らについて、かれら彼女らのことを『国に殉じるという美しい心で死んだ人たち』だと言い張り、幼児らもふくむかれら彼女らの集団自殺が、軍の命令で強制されたものではなく、自発的に行われる、みずから望んだ『死の清らかさ』のものであった、と歴史に書き込み、これからの日本人をあらためてその方向へ教育しようとする者らの、退屈なほど単純な企てで、この訴訟があったこと、あり続けていることーーー
これに対して、そのような企てに参加する者らこそが、人間と言う普遍的な価値をおとしめている、という自分の証言ーーー」(同誌  26ページ)

全体として、証言の姿勢で積極的に、今後も生き仕事をしていこうという大江氏の気持ちがよくつたわる文章でした。彼の文章はこれまで私にはとっつきづらく、そのこともありファンでもなく、十分な理解者でもありませんでした。しかしこれは、私にも思いを受け止めさせるものでした。

海軍の特攻隊の若者でさえ、「生きるのは良いことと気がつく三日前」という絶唱を残しています。「もう死んだ者たちは彼らの『清らかな死』のうちに憩わしめよ」(27ページ)という原告側の飾り立てた言い分を理解しがたいとする人は、決して大江氏ばかりではないでしょう。

集団自決記述についてのうやむやにしようとした教科書検定意図は、事実を知る沖縄県民の怒りに、修正をやむなくされました。歴史の歪曲は許さないとの気持は大きく存在しています。

そして今、米軍基地が我が物顔に存在する沖縄で、米兵による少女暴行事件がまた沖縄で発生しました。沖縄戦が終わっても、複雑な状況にある沖縄です。歴史から学んでいる沖縄の人たちは、また改めてのといかけを、我々にも行っていくでしょう。それを受け止められる自分でもありたいと思います。

以上 (UT) 080215




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2008年02月11日

2月20日多喜二祭(小樽)にノーマ・フィールドさん参加

小林多喜二の命日2月20日には、彼を偲んで「多喜二祭」が毎年各地で開催されています。彼と切っても切り離せない小樽市でも開催されています。今年は没後75年の年にあたり、記念行事にも力が入っているようです。

15時から、小樽商大で「蟹工船エッセーコンテスト」(小樽商大・白樺文学館多喜二ライブラリー主催 25歳以下のエッセー募集)の授賞式があります。

小樽では、実行委員会により奥沢墓地で13時30分より「墓前祭」、18時から市民センターで「多喜二を語る夕べ いま若ものがとらえる『蟹工船』」が開かれます。そこでは選考委員と受賞者が語りあう予定です。

夕べには、ウェブマガジン カムイミンタラで、多喜二の文学について語っていただいた、ノーマ・フィールドさん(シカゴ大学教授)も参加されます。75年という節目の行事でもあり、ノーマさんの参加もあることから、ご紹介させていただきます。

問い合わせ 小樽多喜二祭実行委員会 0134−32−8560

以上 (室長) 080211






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2008年01月12日

株価暴落の多難な年明けです

2008年がはじまりました。年頭より、アメリカも日本も株価の暴落、おおかたの予想どおり多難な年明けのようです。

年末ぎりぎりに19号公開いたしました。遅くなりましたが、読者の方々いかがだったでしょうか。特集の北海道の森林資源改めて脚光とのことも複雑な側面を持っていることも視野に入れました。また、ずいそうも多彩な方に登場いただいています。

本年もよろしくお願いいたします。

以上 (室長)080112
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2007年12月29日

2007年ご支援ありがとうございました

2007年も暮れようとしています。この1年さまざまなご支援ご協力を皆様からいただきました。ありがとうございます。

ウェブマガジンとして18号まで発行し、これも「石の上に3年」の3年間を経過したことになりました。出版物での小冊子とは違った体験もするなかで今に至っています。いままでより広い視点での特集づくりとなっていることもそのひとつです。

このブログでの発信、1年間きわめてわずかしかできませんでした。まことに反省すべきことです。申し訳ありませんでした。

2008年もよろしくお願いいたします。

以上 (室長)071229



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2007年11月22日

自衛隊イラク派遣差止訴訟、札幌地裁判決

11月19日、2004年1月に故箕輪登さんが提訴してはじまり、その後第2次原告が参加しての、札幌地裁での自衛隊イラク派遣差止訴訟の判決がありました。箕輪さんが昨年死亡、遺族が訴訟継承されました。

竹田光広裁判長の判決は、派遣差止請求は却下、慰謝料請求は棄却というものでした。現実を見ず、憲法判断も回避したものといわざるをえません。

これまでの粘り強い主張が一定判決に反映があったものの、基本的には問題おおありとして、原告団・弁護団として控訴の姿勢となりました。アメリカでイラク戦争の継続が少数派となり、日本でもイラクからの自衛隊撤退の審議が参議院でやられようとしていう現在、情けない日本政府の姿勢と、追認する裁判所(竹田光広裁判長の判決)です。国側は法廷ではいっさいの陳述を行わず、書面の提出で通しました。かみあう論議を放棄し続けました。判決では形式的に「勝った」としてもとてもまともな態度とはいえません。控訴も必然ではないでしょうか。

ウェブマガジン カムイミンタラの2006年5月号特集が「元自民党代議士箕輪登さんが問うたもの イラク派兵差止訴訟」です。生前最後の法廷陳述となった2月27日の公判のことを中心に取り上げています。また本人の陳述速記録も資料として収録しています。今改めてお読みいただければと思います。

以上 (室長)071122

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2007年10月31日

カムミンタラ2007年11月号公開へ

ウェブマガジン カムイミンタラ2007年11月号が公開されます。ウェブマガジンとなってから18号目、隔月刊ですからちょうど3年目です。「石の上にも3年」ですから、印刷していたときも3年間続いた時は格別な思いでした。そしてウェブマガジンでも、3年継続することができました。

編集者の努力、読者の声のおかげです。紙媒体の時とはまた違った体験・経験をしてきたことにもなりました。

以上 (室長) 071031
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2007年10月23日

臨時国会がはじまりました

今週から臨時国会での「テロ特措法」に関連する審議がはじまりました。衆参両院で「ねじれ国会」となった現在、現行のテロ特措法は期限満了で廃案となります。

そこで、政府と与党の自民・公明が考えているのが、新たな法律の制定。なんとか民主党をよく言えば土俵にのせようというものです。

周辺事態法、テロ特措法などからのアフガン、イラクへの米軍支援に自衛隊を派遣しつづけてきた政府与党でした。これに対し、民主党などは一貫して反対しつづけてきました。国会での論議で、これまでの支援の実態はどうであったのか、福田内閣をスタートさせた政府与党も明らかにしてもらいたいものです。

太平洋戦争時での日本軍による住民の集団自決強制の歴史的事実を、文部省を使って教科書から消そうとさえした安倍政権でした。沖縄県民の大きな抗議の声が、日本中に、国会にも届くことになりました。

数にものをいわせて強行採決を繰り返してきたこれまでと違った国会に、論議を尽くす国会になってほしいものです。そのことができていけば、政治が国民にもわかりやすくなっていくでしょう。私たちひとりひとりも考え判断していきたいのですから。

以上 (UT) 071023

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2007年10月08日

べトさん亡くなる

10月6日、ベトナム戦争で米軍が使った枯葉剤の被害者ベトさんがホーチミン市の病院で亡くなりました。享年26歳。心から冥福をお祈りします。

枯葉剤の猛毒ダイオキシンの影響を受け、戦争後でしたが、双子の弟ドクさんと下半身がつながって生まれました。1988年んい分離手術が成功し、ドクさんは動きまわれるようになりましたが、ベトさんはベッドを離れることはできませんでした。

元気になり社会的活動もできるようになったドクさんは、日本にもしばしば来日。北海道にも2005年に訪れています。カムイミンタラ2005年7月号がその来道の特集をしています。

以上 (室長) 071008

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2007年09月11日

国家賠償請求訴訟仙波敏郎さん勝訴、愛媛県に請求通り賠償命令

2007年9月11日松山地裁(高橋正裁判長)は、現職警察官仙波敏郎さんが「県警の裏金問題を告発したことに、報復人事を行われ精神的苦痛を受けた」として国家賠償請求訴訟を起こした裁判で、原告勝訴とし請求通りの100万円の支払いを愛媛県に命じました。

2004年北海道警察の裏金告発から端を発し、2005年1月20日に愛媛県警の現職警察官仙波敏郎さんが、愛媛県警の裏金問題を告発しました。

県警による報復人事(不当と認めた県人事委員会の裁定で元の職場には復帰)が行われ、それに対する訴訟を2005年2月仙波さんは起こしました。この裁判では、北海道警察の裏金問題を告発した元警察官原田宏二さん斎藤邦雄さんも2006年9月に原告側証人として法廷に立っています。
">※このことは2005年11月号/ウェブマガジン第6号の特集で取扱っております。

大きな意味のある裁判結果でしょう。裏金の闇が正されていってほしいものです。


以上 (UT) 070911

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2007年09月01日

カムイミンタラ2007年9月号(第17号)公開しました

ウェブマガジン カムイミンタラ 2007年9月号(第17号 通巻137号)公開しました。

特集は赤平市の植松電機専務植松勉さんの活動です。意欲的な活動ぶりはいろいろ報道もされてきました。カムイミンタラの特集、植松さんの思いを掘り下げてみました。

ずいそうは、デボラ・デビッドソンさん、齋藤邦雄さん、中舘侑子さんにご寄稿いただきました。

暑い夏も過ぎ、大雪山では秋の気配もはじまりました。読書の秋のスタートでもあります。9月号もじっくりお読みいただけるなら幸いです。

以上 (室長) 070901

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2007年08月27日

戦中川柳を発掘した中村義さん

8月27日日本経済新聞文化欄、中国近代史専門の歴史家中村義(なかむら・ただし 東京学芸大名誉教授)さんが、「戦中川柳 民の肉声拾う 検閲くぐり残った資料が語る戦争の真実」と題して寄稿しています。

16歳のとき終戦をむかえた中村さん、戦争を理解するためには庶民を見る目も必要と、川柳に着目し収集してきました。「長年勉強してきたことをわずかなりとも社会にお返しできればと、川柳から見る戦争と日中関係を叙述した本を近く刊行する。」そうです。

カムイミンタラ2007年7月号特集では、たまたま川柳作家鶴彬と彼の絶筆ともいうべき川柳を紹介していました。他にもさまざまな川柳作家たちが、それぞれの思いを残した川柳を残していることを中村さんの寄稿は教えてくれました。

特攻隊で亡くなった若者の川柳は次のものもあるそうです。

  特攻のまずい辞世を記者はほめ

  生きるのは良いものと気がつく三日前

以上 (UT) 070827

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