2011年04月23日

旭川市に「氷点橋」

4月1日、旭川市内を流れている忠別川に新しい橋が開通しました。名称は「氷点橋」、そうです故三浦綾子さんの小説「氷点」に通じる名前です。「氷点」はそもそも水が凍る温度をさしています。その意味では北海道に住む私たちにはなじみある言葉です。しかし、旭川は三浦さんの代表作「氷点」の舞台でもあり、三浦さんが生まれから生涯を通して住んだ土地です。

昨年旭川市が2011年と2014年に忠別川に新たにかかる橋の名称を公募し、橋梁名称検討委員会で検討の結果それぞれ「氷点橋」「クリスタル橋」と決まっていました。JR旭川駅をはさむ形で駅周辺の市中心部から神楽地区と結ぶ橋です。

「氷点橋」が今回開通、神楽地区のその先には見本林があり「三浦綾子記念文学館」があります。市内外から見本林や文学館を訪れる人の利便性がはるかに高くなることになりました。まさに名にふさわしい橋ともいえるでしょう。

カムイミンタラでは、三浦綾子さんを特集としてとりあげ、このアーカイブズでも公開、さらに、英語版、ハングル版、中国語(簡体字)版を作成、公開しています。こうした機会にもお目通しいただければ幸いです。

2011年4月23日 室長

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2011年03月30日

カムイミンタラアーカイブズ4月1日公開へ

ウェブマガジン カムイミンタラ(小冊子のときから含め通巻150号)をアーカイブズとして4月1日より公開します。

目次や検索などを従来の公開の仕方とは変更し、利用しやすさを心がけたつもりです。各号の特集と随想を網羅したもので、1984年から2010年の間の北海道の風土文化について伝えてきました。記録としてふり返られる内容も、あると考えています。2011年3月11日に起こった「東北・関東大震災」と被災した東京電力福島原発事故は、これからの日本の新しいスタートにつながる出来事となるでしょう。

しかし時間地域歴史は連続性のあるものであり、どうあっても「温故知新」です。このアーカイブズが、読者の方々に、北海道のこれから日本のこれからを考えるうえで、ひとつの資料と受け止めていただければと考えています。歴史から学ぶということにもつながるなら幸いです。

以上 (室長) 2011年3月30日
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2011年03月21日

東北・関東大震災お見舞い申し上げます

2011年3月11日、宮城県沖を震源とするマグニチュード9.0の超大型地震「東北・関東大震災」が起こりました。地震津波被害もまだ全貌もつかめない惨状です。さらに震災による2次被害で東京電力福島第一原子力発電所が活動を停止、炉心溶融という事態も起こり、現在進行のくいとめに消防、警察、自衛隊が必死の取り組みを行っています。なお「落ち着いた」という状態にいたっていません。一刻も早く押さえ込みのめどが立つことを願うばかりです。

地震規模などでいうと、1923年の関東大震災、1995年の阪神大震災を上回るものです。日本の歴史上でも最大規模の地震となりました。

なくなられた方々、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

カムイミンタラでは、自然災害とそれからの復興の取り組みで特集が2回あります。1996年5月号(通巻74号)「奥尻の復興3年目のいま」、2002年1月号(通巻108号)「地域経済を支え合う 有珠山噴火に直面して」です。1993年7月13日の北海道南西沖地震、2000年3月31日に噴火開始した有珠山、その現地の人々の対応を追いました。

場所内容の異なる事とはいえ、今後の参考にしていただければ幸いです。

以上 (室長) 110321

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2011年02月16日

アーカイブズとしてのスタート

ウェブマガジン カムイミンタラのトップページを2月10日に変更しました。トップページ自体もこれで完了というわけではありません。定期発行を終了し、アーカイブズ(保存記録)としてのスタートとしての変更です。

以降、内容確認や検索などをよりわかりやすいものにしていきます。大きく手を加えてということにはならないでしょうが、利用しやすく、関心に応じて見つけやすく、が眼目です。

4月1日からは正式なアーカイブズ版として公開予定です。

2011年2月16日 (室長)



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2011年01月06日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。2011年の幕開けです。

カムイミンタラも通巻150号で終刊。年明けからアーカイブズとしてのホームページ手直しにはいります。しばらくかかるので、それまでは現在ままで公開続けていきます。

今後ともよろしくお願いします。

以上 (室長) 110106

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2010年12月20日

ウィキリークスの情報公開と日本のマスコミによる紹介

国際告発サイトと呼ばれる「ウィキリークス」というサイトがあります。今一番注目されているインターネットサイトでしょう。創設者アサンジ氏はまだ若い人物です。

いろいろ名をはせてきましたが、今年後半行った米国の外交・軍事の機密文書公開は決定版といわれる内容かもしれません。政府組織の内部告発で外部に流出したといわれる文書を入手し公開しました。その内容が衝撃的です。日本のマスコミが紹介してるものでさえ、驚くようなことがわかりました。流出元の米政府が「ニセ文書」「ウソの内容」と言って否定をしていないこと、クリントン国務長官が弁解と釈明を10数カ国に行ったということが、その深刻さをよくあらわしています。

ジャーリズムには「事実の報道」と「調査して報道」とが、あるそうです。事実を伝えることも大事なら、よく調べて内容を伝えることも大事なのです。今回のことは大スクープであり、掘り下げられるべき内容のオンパレードです。

ウィキーリクスと公開報道で手を組んだのが米ニューヨーク・タイムス紙、英ガーディアン紙、独シュピーゲル誌だそうです。いずれおとらぬ影響力のあるところが足並みをそろえたことで、その衝撃はきわめて大きなものになったようです。

もう少し状況が理解できるようにならなければ、意義や評価を軽々しく下すことにはなりません。しかし、ひとつわかることがあります。日本のマスコミ、ウィキリークスと今回の文書公開、目にすぐつくような報道はしていません。連続的でもなく逆にきわめて断片的でしかないように見受けられます。

たとえ小さなことでもささやかなことでも、報じることは意味を持つ、あるいは意義を改めて確認できる、ということは、当誌カムイミンタラでも理解してきました。身の丈にあった伝え方もあるのです。

しかし今後の国際社会に大きな影響を及ぼすかもしれない事の報道は、やはりマスコミがきちんと報じなければ広く伝わりませんし、時間がかかることになります。いまだに私にはよくつかめるまでになっていません。その点では日本のマスコミ、いささか問題意識がかたよっているのではないでしょうか。今後の報道に期待します。断片をつづりあわせて少しわかってきた者の期待なのですが。

以上 (室長) 101220
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2010年12月06日

ありがとうございました

「ウェブマガジン カムイミンタラ」2010年11月号(第30号 通巻150号)を発行しました。これで定期発行の継続は終了します。1984年から26年間、印刷物からウェブマガジンへという変化とそれに伴う中断期間はありましたが、続けてくることができました。

これも熱意ある編集者の努力と読者の皆様の支援あったからこそです。題名はカムイミンタラ(アイヌ語で神々の遊ぶ庭 大雪山の呼び名のひとつでもあります)とし、「みなさまの心を結ぶ北海道の風土・文化誌」を心がけ隔月刊の小冊子ですが、発行を続けてきました。

当時は知られていなかったカムイミンタラの言葉(印刷物の表題使用は、私たちが最初の使用ではありません。第2号です)、今はすっかり知名度があがったことには、多少の貢献をしてきたかもしれません。各種の使い方がされています。

カムイミンタラは印刷物としては2004年区切りをつけましたが、21世紀に入り、インターネットの発達が過去号の保存版をアーカイブズ(保存記録情報)としてネット上で読むことを可能にしてくれました。その公開は取材先寄稿先の了解をとる努力をしたうえでのことでした。

新たなウェブマガジンでの継続もし、新しい体験経験もすることとなりました。

通巻150号、とりあげたテーマ、多彩な寄稿者、ふりかえっても幅広い内容を集積させています。そのすべてをアーカイブズとして引き続き公開することは、意味があることだと私たちは考えました。

このかたちでの公開を続けます。また、一定体裁などに手を加えたアーカイブズ版、2011年中に改めて切り替えて公開します。よろしくお願いします。

以上 (室長) 101206


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2010年11月08日

11月号特集紹介

ウェブマガジン カムイミンタラ11月号(30号 通巻150号)特集は、「女性自衛官人権訴訟 原告と弁護団の3年3カ月」です。2010年7月29日、札幌地裁で原告勝訴の判決が出され、国側の控訴断念で、8月12日判決が確定しました。

2007年5月8日に北海道の基地勤務の原告は札幌地裁に提訴、3年余の裁判がはじまりました。当初より弁護団で中心的役割を果たしてきた、佐藤博文さんと秀嶋ゆかりさんに、決着がついた裁判をふりかえって対談していただきました。大きな意味と意義があった裁判であったこと、原告も多くの人たちに支えられての裁判であったこと、お二人の話からうかがわれます。

北海道は、故箕輪登さんが自衛隊イラク派遣違憲訴訟を全国にさきがけてはじめたところです。その土地で、女性自衛官人権訴訟が行われました。カムイミンタラとしてそれぞれ特集として取り上げたことになりました。

特集広い方々にぜひお読みいただければと思います。

以上 (室長) 101108







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2010年10月26日

最終巻にむけて取り組み中です

ウェブマガジン カムイミンタラ第30号(通巻150号)の公開にむけて現在取り組み中です。11月号としていて、それには間に合う予定です。11月すぐにということにはならないかもしれませんが、よろしくお願いします。

私自身の気持としては、思いがけなく続いたものだとの思いがあります。小冊子で第1号を出したのが、1984年1月号でした。以降隔月刊として120号まで20年続きました。スタートしたときは、はたして何年続けられるかまったく予測がつきませんでした。3年(石の上にも3年という言葉がありますから)も続けられるものだろうかが、率直な心境でした。それが三浦綾子さんの特集ではずみがつき(人様の評価もぐっとあがって)、右往左往しながらの20年でした。

2004年1月号が120号、もうよいのではと「休刊」としました。それっきりというところでしたが、20年の世の進歩が思わぬ継続発行に結びつきました。当時インターネット上で既存号の公開ができることがわかり、それを行ったところ、ウェブマガジン形式での続きの発行となったのです。

それが2005年1月号でスタート、通巻で2010年1月号が149号まで到達しました。150号で終刊とすることは早くから言っていたのですが、特集テーマ候補がありすぎてずるずると間があいた最終号発行となりました。

最終号発行(公開)後、ふりかえってのことなど、このブログで少し掲載します。

また、全150号はいずれにせよ、インターネットで読める形に今後もしていきたいと考えています。

よろしくお願いします。

以上 (室長) 101026

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2010年09月17日

ウェブマガジン30号(通巻150号)発行予定

ウェブマガジン カムイミンタラ第30号(通巻150号)発行予定をお知らせします。

特集テーマがしぼりこまれたことで、発行(公開)予定が立つようになりました。現在11月1日公開で考えています。

実際の取材、編集などの流れの中で変更となる可能性がまだあります。しかし、着実な積み上げで作業していこう、間に合わせようというのが私たちの心がけているところです。

以上 (室長) 100917

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2010年08月23日

お知らせ ウェブマガジン カムイミンタラ 第30号にとりかかります

ウェブマガジン カムイミンタラは、第29号(印刷冊子からの通巻149号)を公開して以来、しばらく定期発行を休んでいました。このたび第30号として年内に公開するものとします。

カムイミンタラは当初隔月刊小冊子として「北海道の風土・文化誌」として、りんゆう観光が発行を続けてきました。20年間発行を継続し、120号となった時点で、区切りとし休刊しました。

しかし、インターネットの進歩から過去発行号のインターネットでの公開を、印刷を手がけてくれていた先の努力で果たせました。それにあわせて追加号をウェブマガジンとして公開継続してきました。それは予想をこえて続き、その発行でも体験を積み重ねることとなりました。

最終的にウェブマガジン第30号、通巻150号が一区切りの節目としてはよかろうとの判断を春には社内的にいたしておりました。カムイミンタラはウェブマガジンで30号ですが、通巻150号を持ちまして区切りとして終刊とします。

隔月の公開を進めてではなく、29号と30号の公開の間が空きましたのには当方の事情によるものです。30号の特集企画については、以前より複数の案があり、それなりにすてがたく検討を継続していたことが一番大きな理由です。最終的な判断段階に達しましたので、その選択と作業の段階に入ります。早ければ10月1日には遅くとも11月1日公開を目指します。

なお、これから公開されるものを含めた通巻全150号におよぶ内容は、小さな発表の場とはいえ、独自の意味のある集積と記録です。これまで過去号の公開もしてきました。30号公開では、今の公開形式引き続き行います。そして、一定期間後改めてアーカイブとして公開を続けていくする考えであることを付記させていただきます。

以上 (室長)100823



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2010年04月30日

層雲峡・黒岳ロープウェイ山麓駅で三浦綾子文学館移動展

層雲峡・黒岳ロープウェイ山麓駅ギャラリーで、三浦綾子記念文学館移動展が、4月29日からはじまりました。4月29日から7月19日までの開催と模様替えをして9月2日から10月30日までの開催です。

文学館からの申し入れがあり、実現の運びとなりました。開館以来特別展をさまざまやっており、それを外部でも展示しようという最初の試みです。

りんゆう観光のウェブマガジン カムイミンタラでも三浦綾子さんのこと、文学館のこと特集もしているご縁からの実現となりました。

多くの方に見ていただきたいものです。

以上 (室長) 100430
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2010年03月20日

真野正美さん、児童詩誌「サイロ」に新しい表紙絵作者

北海道新聞3月16日号朝刊「ひと 2010」欄に、十勝の児童詩誌「サイロ」の新しい表紙絵作者が紹介されていました。1960年1月創刊月刊の「サイロ」、現六花亭製菓の創業者故小田豊四郎さんのきもいりで始まり、現在まで続いています。

創刊時より坂本直行さんが表紙絵を描いてきました。坂本さんも故人となられましたが、これまで遺作を使ってきました。今回51年目となる2月号から、新しい表紙絵がはじまったのです。

真野正美さん(51歳)、大阪市生まれで自動車のデザイナーとして働いてきましたが、画家に転進して現在十勝管内鹿追町に在住。これからを担っていくそうです。

カムイミンタラ1989年1月号(通巻30号)特集は、「児童詩誌サイロ」でした。創刊とその後の活動をとりあげています。今につながる、発刊の意気込みと熱情、改めてふりかえる意味で、お読みいただければと思いました。

以上 (室長) 100320

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2010年01月24日

[ 「おサイフの会」をとりあげて

カムイミンタラ2010年1月号特集は札幌市の財政白書を作成した市民グループ(略称 おサイフの会)をとりあげました。

2年かけて20年間にわたる財政分析をおこなって白書を発行し、その後2年間活動を続けてきたことを、紹介をかねた特集です。すでに一定の知名度もあり、新聞テレビなどでもいろいろとりあげられてきました。屋上屋のことにはならないかとの心配もしながらの編集者の取材でした。

公開後「おサイフの会」の方より、これまでになくほりさげた記事にしてもらったとの評価をいただきました。スペースや時間の関係で、表面的だったりと感じられるものもままあったそうです。望外の評価と驚いたものでした。

多くの方々に読まれてほしいものという気持ちをもてたことは幸いでした。

以上 (室長) 100124

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2010年01月05日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

2010年も明けました。今年はどのような年になるのでしょうか。漢字能力検定協会の今年の漢字は、2008年が「変」、2009年が「新」でした。では、今年は何でしょうか。

受身の意味ではなく、みんなが時代をつくっていくなかでの思いを示す漢字になるのではないでしょうか。そのような気持になっています。

1月1日から公開とはなりませんでしたが、1月号準備着々と進行しています。楽しみにおまちください。

本年もよろしくお願いいたします。

以上 (室長) 100105
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2009年11月10日

佐々木譲講演を聞く 映画「笑う警官」公開前に

11月6日、作家佐々木譲(ささき・じょう)さんの講演を聞く機会がありました。彼の作品である「笑う警官」が映画化され、11月14日から公開されるのに先立っての講演とトークの催しでした。

主催は市民の目フォーラム(原田宏二代表)です。原田さんは、北海道警察の裏金問題を実名告発した元道警最高幹部です。告発の後、フォーラムを支援者とつくり、活動を続けています。

じつは小説「笑う警官」は、裏金告発する道警警官を主人公のひとりにした作品で、中には原田さんの告発のことにも触れられています。人のすすめでそれを読んだ原田さん、そのときから佐々木さんと会いたいと思っていたそうです。それがかなったのが数年後でした。原田さんへの匿名の誹謗中傷や「尾行」がおさまった今年の2月、初めて会う機会ができ、雑誌「オール読物」に対談が掲載されることになっていきました。以来、交わりが続いていて、今回の講演にもつながったようです。

佐々木さんの話は、ご本人の姿勢、愛読してきた警察小説をじっくり語る内容でした。現場の警官に対する「尊敬」を変わらず持ち続けていることが基本にありました。作品は綿密な資料集めが土台となっていました。

映画「笑う警官」、期待できる内容と佐々木さんの折り紙つきです。私も足を運ぼうと思っています。

映画を機会に原田さんが講談社から出した本が「たたかう警官」と改題して加筆してのハルキ文庫からの文庫としての出版にもなりました。

北海道で芽吹いた告発(最初というわけではありません)が、小説にも反映され、映画という形でも広く世に問うことになったのです。

以上 (UT) 091110
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2009年10月27日

カムイミンタラ11月号について

グリーン九条の会主催で品川正治さんの講演会が札幌で6月にありました。今回会のご了解を得たことで講演を11月号特集として公開します。

この間、8月には総選挙があり、戦後初ともいえる政権交代がありました。大きな変化です。品川さんの講演は、その時間を通り抜けても、訴える力を失うものではありませんでした。

グリーン九条の会として、講演のDVDも発売していますが、カムイミンタラ特集としてもとりあげることになりました。品川さんのご理解にも感謝します。

随想も熱のこもったおふたりの登場です。

ご期待ください。

以上 (室長) 091027





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2009年10月15日

同じ「平和」の言葉も、意味は違うことも

10月6日夜のNHKテレビニュース、7日の新聞、イラクでの航空自衛隊の活動実績の全面開示を行ったと報じました。政権交代があったこと、ねばりづよい情報開示請求の結果のようです。内容は7割が米軍兵士の輸送に使われたとか。

きな臭い内容であったと思わざるを得ません。小泉内閣からの日本政府、政権与党の自民党公明党は「人道支援」とみみざわりのよいことをずっと言ってきました。それで「戦争支援、戦争加担」を言い換えていたようです。実情を一番知る人たちがつくウソ、もしそうであったらゾッとします。よく航空自衛隊員が無事であったもの、活動が終わったことは彼らにも幸運でした。

自衛隊派権にたいする名古屋高裁の違憲判決、誠に的を射た判決であったことが、ひとつ証明されたことにもなります。

各国語版でも公開している、「時代とわたし」、そのなかで三浦綾子さんは、平和の大切さ、かっての戦争からの教訓を訴えています。

「戦争加担」の活動を「人道支援」と言い換えていた人がいたわけでした。その人がもし「平和」を口にした場合は、言葉は同じでも中味はまったく違っていることを言っていることになります。

人が発する言葉(悪意の非難や姿を隠しての中傷は別として)は、本当は重いものであるはずです。よく聞いて吟味して受け止める慎重さももたなければならない現代であることを教えてくれました。よい教材になった出来事と、私は今回の報道を受け止めることになりました。

以上 (室長) 091015
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2009年10月07日

時代とわたし」三浦綾子、中国語版でも公開します

カムイミンタラ特集となり、ウェブマガジン カムイミンタラでも公開されている三浦綾子「時代とわたし」を、英語版、ハングル版を作成して公開してきました。

このたび中国語(簡体字)版としても、翻訳をしました。パンフレットにし、三浦綾子記念文学館などで利用いただきます。またウェブ版10月10日公開します。

この準備、取り組みで通常の発行となっていませんこと、ご了解お願いいたします。

以上 (室長) 091007


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2009年09月29日

国連安保理「核兵器ない世界」決議

9月24日、国連安全保障理事会、各国の首脳が集まりオバマ米大統領が議長を務めた場で、「核兵器なき世界」をとの決議を行いました。全会一致(日本も非常任理事国で鳩山新総理が出席)、世界の認識は一段と前進したことは間違いありません。

オバマ大統領、4月のプラハ演説の姿勢が変わらぬものであることを示しました。彼の姿勢あっての全会一致決議です。また鳩山首相は、演説で日本が非核原則を堅持すると述べました。これも意義ある演説となりました。

歴史はジグザグでも前進しています。戦争や軍事力では、問題は解決しないとの認識もしっかりしたものになってきたからでしょう。そういった視点からの平和への目線もいっそう強くなってほしいものです。

以上 (室長) 090929

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