2008年12月03日

おすすめします スコット・マクレラン「偽りのホワイトハウス」

朝日新聞出版から2008年10月に「偽りのホワイトハウス 元ブッシュ大統領報道官の証言」が水野孝昭(朝日新聞論説委員)監訳で刊行されました。著者はスコット・マクレラン氏、1968年テキサス州生まれで2003年から2006年までブッシュ大統領のもとでホワイトハウス報道官を務めていました。2008年春に米国で出版されたもののすばやい翻訳です(原題は訳書とはちがっています)。

米国ブッシュ政権が行っていたイラク戦争に対する、第1級の証言であり、「告発」の書といえるでしょう。歴史に残る内容であることは間違いないようです。ボリュームのある著作だけに、中味をはしょって紹介することはしません。また波乱万丈の面白い読み物というものでもありません。しかし、読み通すとその重さがいやでも伝わってきました。

マクレラン氏が地方政治から国政へかかわることに、共和党の立場からなっていきます。息のあったチームの欠かせない有能な人材、しかもブッシュ氏とは友人としても軽くない存在でした。

その人がなぜ、このような暴露し批判するような証言の本をだしたのだろうとの大きな疑問につきあたります。それを理解するためには冒頭の「公職にある人たちに」「日本語版への序文」を、本文を読み終わった後、改めて再読するのが一番の近道のように思われます。

「おそらく、神が人間に与えた最も偉大な力とは、経験、とりわけ失敗から学び取り、善人へと成長していく力だろう。これは、自由意志が認められ、知識を享受できるからこそ発揮できる能力だといえる。ただし、真実ー想像でも願望でもない、ありのままの事実ーを理解していることが条件だ。」(7ページ)

マクレラン氏は、まさにそのことで試されたようです。ヴァレリー・ブレイム事件で偽装工作に巻き込まれたことからはじまった、自問自答それは厳しく壮絶なものでした。しかし本人は安易な道を選択することはできませんでした。

イラク戦争がまったくの間違った戦争だったことを雄弁に傍証する本書、多くの教唆を与えるものでした。今の日本にもこの本必要とされるものかもしれません。

以上 (UT) 081203



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2008年11月22日

おすすめします 「ウェブ人間論」

新潮新書に、梅田望夫(うめだ・もちお)平野啓一郎両氏の対談を収録した「ウェブ人間論」があります。発行が2006年12月発行ですから約2年経過している本です。

平野氏は「はじめに」でこう語っています。
「(長時間にわたって密度の濃い議論をすることが出来たのは)二人の間に、「ウェブ進化」によって、今、世の中がどう変わりつつあるのか、そして、人間そのものがどう変わりつつあるのかということへの素直な関心があったからである。これは言うまでもなく、同時代の多くの人が抱いている関心だろう。」

梅田氏も「おわりに」で語っています。
「ところで『ウェブ人間論』というタイトルの本書は、「ウェブ・人間論』と『ウェブ人間・論』との間を往来していると言える。
ウェブが広く人間にどう影響を及ぼしていくのか、人間はウェブ進化によってどう変容していくのだろうかという意味での「ウェブ・人間論』。
グーグル創業者や世界中に散らばるオープンソース・プログラマーのようなウェブ新世界を創造する最先端の人々、ウェブ進化とシンクロするように新しい生き方を模索する若い世代、そんな『ウェブ人間』を論ずる『ウェブ人間・論』。
この二つの『論』が『クモの巣』(ウェブ)の放射状に走る縦糸と同心円を描く横糸になって、本書は織り成されている。」

いささか乱暴な言い方が許されるならば、将来にむけて楽観論の梅田氏、楽観よりは慎重論の平野氏ではないでしょうか。もちろん見識ある両氏とその対談ですからそんな単純な決め付けで済むものではない内容です。

2年たったその対談、また読んでみても(じつは出版当時読み、強い印象を受けていました)改めて教えられる内容の濃さでした。古くはなっていず、その熱っぽさは現在にも及んでいるものと受け止めました。

11月4日結果が出た米国大統領選挙にも多大の影響を及ぼしたといわれるインターネットの力、そのこれからを考えてみるうえで、好適な入門書といえるでしょう。幅広い論点への言及は、本人たちの対談の結果からですが、よくわからないがいろいろ考えてみようという人にとっても、親切な手引きとなっています。

「カムイミンタラ」は休刊して1年後にウェブ版として再出発しました。さまざまな技術進歩を活用できたからで、紙媒体を休刊したときには考えもしていなかったことでした。記録保存をどうしたらということからの検討が、ウェブ版への歩みとなりました。1年という時間が活用条件を広げました。

思ってもいなかったウェブ版も発刊から3年以上経過しました。インターネット社会、ウェブ社会はさらに変容進化しているようですが、その息遣いを感じ続けながらの時間となっています。

以上 (UT) 081122


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2008年11月04日

おすすめします 田中優子「カムイ伝講義」

白土三平の劇画「カムイ伝」、1964年から開始され、発行する雑誌も変わりながら延々と続きました。第1部第2部外伝と3部構成のものが近年小学館から全集として発行され、全38巻という膨大なボリュームのものが完結し、まとめて読むことが可能になりました。カムイとは主人公の名前、劇画では非人の子で忍者となり、抜け忍として負われる立場の男です。

私は、大学生時代に評判が高くなってから、途中のものを少し読んだことがあります。まことに断片的なものでしかありませんが、鮮烈な画像、するどい切り込みの内容に、目を見張った記憶があります。

今回全集発行を機会に、最初からある程度まとめ読みをする機会をもてました。たいへん雄大な構想と群像劇の面白さをあわせもった作品だったのだなということを、それで初めて理解できました。野心作でした。

田中優子という人がいます。1952年生まれの江戸時代の文化などの研究家で知られている人で、現在法政大学社会学部教授です。その人が「カムイ伝」を高く評価し、大学で「カムイ伝全集」を参考書にした授業を行っていました。2006年4月からだそうです。

何も知りませんでしたが、その講義内容を本にしたのが「カムイ伝講義」(小学館 2008年10月刊 本体価格1500円)でした。店頭にあった同書をたまたま手にとってわかり、読むこととなりました。

田中さんによると「カムイ伝の舞台は1650年前後から1680年ごろまでの日本」だそうです。(18ページ)

けっしてやさしい内容とはいえないのでてこずりました。でも読んで目からウロコの落ちる思いを味わいました。「カムイ伝」がじつにしっかりした資料の読み込みの上に、書かれた劇画ということをまず知りました。さらに、それから汲み取れること、考えを進めていけるはたくさんあることを、田中さんの熱をこめて語っていることで知ったことです。
私の持っていた江戸時代のイメージがまったく変わってしまいました。うすっぺらなものではなく、中味の濃い豊かな江戸時代像を繰り広げてもらったからです。そしてたくましい農民像も。「カムイ伝」はまことにふさわしい伝え方をしているようです。

大作「カムイ伝」にとりくむ、大学生以上の年齢の人の入門書としてもよいものかもしれません。「講義」のわからないところを、「カムイ伝」そのものでたしかめる、歴史書などで深める、さまざまな展開で使えるものです。

田中さんの熱い思いは以下のことからも伝わってきます。
「『カムイ伝』は時代を超えて、むしろいまのためにあるのではないか。私たちは歴史の中で、いったい何者なのかと問い、何ができるのかと考え、カムイはいまどこに住んでいるのか、と耳をすます。カムイはこの世界をどう見ているか、どう考えているか、カムイなら、どこで何を仕掛けるだろうか、と、私は考えをめぐらしている。(328ページ)

本の腰巻の宣伝の文章も刺激的でした。「カムイ伝」に目を通す機会を得たものとして、それははたしてどうかと、「講義」に関心を持たせる、なかなか挑戦的な文章です。
「『いまの日本はカムイの時代とちっとも変わっていない』競争原理主義が生み出した新たな格差・差別構造を前に立ちすくむ日本人へー。
江戸時代研究の第一人者が放つ、カムイ伝新解釈!」

読んでみて腰巻の文章はその通りと必ずしも思わなかった私でした。そう言いたくなる内容ということだったのでしょう。それもありというのが私のスタンスになりました。

以上 (UT) 081104



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2008年10月24日

おすすめします クルーグマン「格差はつくられた」

今年のノーベル物理学賞、化学賞には日本人(なかには米国籍となったひともいるそうで、単純にひとくくりにはできないそうですが)が4人も選ばれ、たいへん驚きました。その業績はすばらしいものがあるそうです。基礎研究がその後正しさが証明され、成果が評価され受賞となりました。なかにはとっくにもらっていても不思議でない人もいるとか。

そして経済学賞は、米プリンストン大学教授ポール・クルーグマン氏になりました。何が彼の場合の業績となるのかということは、私にはさっぱりわかりません。現米ブッシュ政権にたいしてきわめて批判的で、ずけずけとした発言を一貫して続けているらしいということだけは、少し認識していました。

経済学賞というニュースで初めて手にとってクルーグマンの本を読んだのが、本年6月に早川書房から翻訳出版された「格差はつくられた −保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略」でした。訳者の三上義一氏のあとがきによると、昨2007年夏に米国で出版されたものであり、日本での翻訳出版は本国より1年遅くなったものの、今の時節にあわせた刊行でも論説でもないそうです。それだけ予見性の高いもののようです。

読んでみたらなるほど、クルーグマンの学者としての思想と理論の本ではなく、アメリカ政治を憂い批判しての政治評論、時評とも言うべき内容でした。その猛烈で仮借ない激しさは、象牙の塔で静かに研究にはげむタイプとはまったく縁遠いタイプのようです。まことにとまどいました。歯に衣を着せないなどという表現ではとても伝え切れません。行動する学者のひとつの典型です。

わからないながらも問題提起に対し、考えるべき多くの示唆を受けたように思いました。白人による根深い黒人差別の存在が、じつは格差の拡大にも力をふるい、国民皆保険実施をおしとどめている、という主張には、本当に驚きました。当否、正確かどうかはおいても、まことに刺激的な問題提起です。今を語るだけではなく南北戦争以来から大恐慌にももちろん言及し、彼の歴史観、社会観、あるべき国の姿などをうかがわせる内容です。「保守派ムーブメント」と表現している相手に対しては、徹底した批判です。

「保守派ムーブメント」の理論的支柱となってきたフリードマンに代表されるシカゴ学派にたいしても手厳しく語っています。フリードマンの「選択の自由」がかって日本で翻訳出版されたとき、普段経済学者の本に縁遠いひとも関心を持ち、手にしていたことを思い出しました。

私には、まず頭をどやされたようなもので、かみくだくのはこれからと言っておきましょう。しかしそれもどの程度できるものやら。なかなか難事です。

かっての大統領当時のクリントン氏、そして夫人のクリントン上院議員が、国民皆保険制度への取り組みで、いかに手ぬるかったか容赦ありません。今民主党大統領候補がクリントン上院議員ではなくオバマ上院議員となったのもそのことが大きかったこともわからせてくれました。国民が安心して働ける国、安心して生活できる国ということは、なんとしても必須のことのようです。

これからの日本の総選挙、アメリカからの津波を浴びている世界経済、日本経済のなかでのものとなります。どうなるのでしょうか。私も含め有権者ひとりひとりきちんと考えることがますます大切なことになります。心して臨もうという気持になりました。

以上 (UT) 081024




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2008年10月03日

おすすめします 河出書房新社「小林多喜二と『蟹工船』」

河出書房新社より「小林多喜二と『蟹工船』」と題した本が出版されました(1500円 税別)。小林多喜二についてその作品について、さまざまな人の文章発言が収録され、親切なガイドと解説書もかねた内容です。さらにそれにとどまらず、プロレタリア文学にも視野を広げる内容となっています。丁寧で多彩な中味、充実した本です。

そのなかにノーマ・フィールドさんの「多喜二の『未完成性』が問いかけるもの」が入っています。ウェブマガジン「カムイミンタラ」2005年9月号特集で掲載したものです。それが改めて収録されています。質問に対し、ノーマさんが答える形でまとめられています。

しばらく前に、出版社編集部から、収録したいのでよろしく、と連絡がありました。どうぞと回答していましたが、てっきり抜粋か引用での掲載と私は思っていました。ところが本で確認したら、全文収録です。たいへん驚きました。しかし、内容をノーマさん自身も評価しているからこそ、こうした収録になったのだろうと思うと、たいへんうれしい気持になりました。

ウェブマガジンでは、現在でも読め。文章以外の写真なども載っています。本を機会にカムイミンタラでも読んでいただけたら、うれしいかぎりです。

以上 (室長) 081003
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2008年09月18日

おすすめします 朝日新書「ルポ 内部告発」

2008年9月発行で、朝日新書から「ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか」が出版されました。著者は奥山俊宏、村山治、横山蔵利の3氏、皆朝日新聞の現職記者です。2008年2月から3月にかけて朝日新聞に「内部告発」を連載された記事がもとになっているようです。

内容は多彩です。これだけのところでこれほど内部告発が行われていたのかと、驚くばかりです。それぞれ勇気を持って内部告発をした人たちを取り上げています。告発時、OBの人もいれば、現職の人もおり、各人さまざまな思いから、踏み切りました。それがわかりやすく紹介されています。告発をした側ばかりでなく、告発をされた側があるべき姿としてどう対応すべきかについても、考えさせてくれるものになっています。

自らにふりかかるだろう苦難を恐れず、間違っていることは間違っている、正しいことは正しい、と正面きって実名で発言するということは、誰にでもできることではありません。頭がさがる思いになりました。また、その積み重ねが、聞くことは聞く社会になってきていることがうかがわれます。

「義をみてせざるは勇無きなり」との論語の一節を、本当に久しぶりに思い起こすこととなりました。

ただ、警察裏金告発問題に関しては、現職警察官仙波敏郎さんを取り上げ登場させていますが、仙波さんを踏み切らせることになったのは、北海道警察の裏金告発があったからです。道警OBの原田宏二さん、斎藤邦雄さんが、勇気ある実名告発を行い、地元紙北海道新聞が、しっかり取り上げました。また両氏は、不当なあつかいとなった仙波さんの起こした裁判にも大きな力となりました。道警の件は正面からとりあげず、原田さんだけ、それも名前も出さず紹介に留めています。(160ページ)

同じ北海道のミートホープの偽装告発問題は、朝日のスクープともいうべき報道がきっかけとなり、それについては本題のひとつでもありますから、まことに詳細に記述されています。北海道新聞に差をつけたミートホープの偽装告発と差をつけられた道警裏金告発、それでいささかくわしさに違いがあるように思えるのだろうかと、ちょっと残念な気持がしました。

しかし、警察、検察の裏金についてのものも含め、本当に幅広い目配りをした内容です。百科事典的好著です。

内部告発とは厳密には違うかもしれませんし、本書の題とも違うことになるのですが、雪印食品の牛肉偽装を告発した西宮冷蔵社長のことも、何かの言及があれば、さらに読者に広い視野を与えたのではないでしょうか。

以上 (UT) 080918




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2008年08月19日

おすすめします むのたけじ「戦争絶滅へ、人間復活へ」

岩波新書より、むのたけじ氏の「戦争絶滅へ、人間復活へ −93歳・ジャーナリストの発言」が、7月に出版されました。聞き手の黒岩比佐子さんが語ったことをまとめ、むの氏の年来の宿願を果たしてくれました。わかりやすく、読みやすい内容になっています。

むのたけじ氏は、93歳、ジャーナリストとして、私でも知っている高名な人です。その人が岩波新書に登場、どんな内容なのだろうというのが、本書を手にした動機でした。

とにかくむの氏を知っている人も知っていない人も、一読して欲しい。老若男女をとわずに、が私の読後感です。独特の視点、論点があり、万人がわかったといえる内容ではないと考えます。だからこそ、読む意味はもっとあると思いました。93年一貫した主張を貫いた重みと価値は、よく示されていると感じました。

むの氏は、謙虚にこうかたっています。
「本書に語り手として注ぐ思いをいう。
この本には、特別の研究報告も調査報告もない。即効の利益や便利は何も提示しておりません。ジャーナリズムを背負った一個人の足跡と波乱に富んだ社会史の鼓動とが結び合った記録です。学習テキストとして訳に立つのではあるまいか。
すらすらと読み進むのではなく、曲がり角や要所では立ち止まってほしい。−−−あなたの生活のマナイタに本書、すなわちむのたけじを載せて、包丁の背で存分に叩いてもらいたい。こういう叩き読みで学べば、生きるという同士に真に値する生活力が鍛えられ、高められるのでないか。(結び書き 204ページ)


なお、むの氏は筋を通した自分の生き様を肯定して生きてきました。私でもそれくらいはわかります。しかし、むの氏は、その道もあることに気づけば新聞社を辞めるという選択はしなかったかもしれないと発言しています。踏みとどまって活動する余地はあったかもしれないとの気づくのを、2005年のジャーナストの後輩の仕事から教えられたことを踏まえての発言です。「勇気」と「若々しさ」に私はまことにショックを受けました。それがどんなことだったのか、ぜひ該当部分を読んでのお楽しみにしてください。むの氏などが蒔いてきた種が応える形で育ってもいるのでは考えることは、これも楽しいことではないでしょうか。

以上 (UT) 080819






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2008年07月08日

おすすめします 読売新聞北海道支社夕張支局編著「限界自治 夕張検証」

「限界自治 夕張検証 女性記者が追った600日」(読売新聞北海道支社夕張支局編著 定価1600円税別)が出版されていました。梧桐書院から2008年3月刊行されていました。

北海道の産炭地のひとつだった夕張市が、「財政破綻」の結果、現在財政再建団体としての道を歩んでいます。

「限界自治 夕張検証」は夕張支局編著となっており、1個人の著作ではありません。しかし、2006年当時岩見沢支局にいてその後夕張支局に転勤になった、酒井麻里子記者(2008年年頭より札幌に転勤)が、取材しさまざまの人の声を伝えた内容が、中心に据えられています。酒井さんが2006年6月9日午前0時過ぎに受けた携帯電話が、彼女にとっても「現在まで600日近くにわたる『夕張報道合戦』の始まり」(序章 抜かれからはじまった 16ページ)でした。入社4年目で夕張問題が初めての大きな課題となった酒井さんの気持の高ぶりを感じさせるような出だしです。

北海道は生まれ育ち今生活している場所。夕張市が遭遇している事態は、私にとって他人事ではありません。財政困難の自治体でも格別苦境ということの中に夕張市が入っていることは前から知られていました。そして財政破綻でした。購読している地元紙での「詳細な報道」(6月9日朝刊よりはじまったようですが)を、気になる見出しを目にするたびに、追いつづけてきたひとりでもありました。メリハリも利き、気持もこめられた報道に接したことは、私にとっても多くの示唆を受けることになりました。行間にしめされる気持には共感の思いをしばしば持ちました。

そのような地元紙の報道をずっと読んできたせいか、そのボリュームに満足して、いろいろな形での他の報道や著作や発言について目配りをすることがあまりありませんでした。なんだろうこれはと書店の平積みを手にしたのが本書との私にとっての出会いでした。

辛い思いもしながらこのドキュメントを時間をかけての読了。しかし読んだ甲斐のある本との出合いでした。あくまで私の印象でしかありませんが、夕張支局や酒井さんの「熱」にふれられたことは得がたい機会でした。

さまざまの階層や立場の人々からの声が、手際よく偏らずにちりばめられています。いろいろな人がいる、いろいろな意見がある、とてもくくりきれない内容が提示されています。地元に居住し、市民の泣き笑い、希望願望失望、をすくいあげてきたものがはちきれそうに入っています。

私は夕張市が財政再建団体の道をたどるなか、市職員の大量退職の報道には、わりきれないものを感じていました。本書を読むことで、それなりの理由もあったのだということを知らされました。わりきれなさはすべてなくなったと言いませんが、軽減されたことは確かです。市役所ばかりでなくあまりにお粗末で残念なこともたくさん知らされることにもなりましたが。

重箱の隅をつつかない暖かなエール、その暖かさをしっかりと読者も受け止めなければならないようです。

「夕張の再建のためにもまず、破綻した原因を明らかにしなければならないと思う。原因をはっきりさせない限り、同じ過ちを繰り返すのではないか。
もちろん、私たちも夕張の人たちを元気づける記事を書いていこう。と同時に、前提として過去も明らかにしていく努力を続けよう。」
(第1章 ついに財政再建団体へ 74ページ)

「私は自分に問うた。財政再建団体入りで生じた、さまざまな不条理を伝えきることができただろうか。夕張を去らざるを得なくなった人を、負担とともに生きる夕張市民の姿をーーー。
夕張を取材したノートには、この街で生きるたくさんの人々の姿が記されている。時がたち、夕張に本当の「春」が訪れるまで、私は夕張を見守り続けたい。」(終章 夕張に「春」が訪れるまで 307ページ)

以上 (UT) 080708











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2008年06月27日

おすすめします 小林美佳「性犯罪被害にあうということ」

小林美佳さんという1975年生まれの女性が、「性犯罪被害にあうということ」(朝日新聞出版 2008年4月刊 定価 本体1200円+税)を出版しました。ご本人が2000年8月に性犯罪事件にまきこまれた体験をした人でした。事件とそれに関連するその後の体験を踏まえ、今犯罪被害者支援を考え行動しています。

性犯罪被害者として、2007年にあるシンポジウムで本人が氏名を明らかにして7年前のことを発言、そのことが出版にもつながったようです。私見ですがおそらく実名では日本でははじめて公に出版された手記ではないでしょうか。たまたま書店で手に取ったのがこの本、それまで何も知らなかった私には偶然かつ幸運な出会いとなりました。

私自身、個人的なことから現在札幌地裁で行われている女性自衛官の人権裁判に関心を持っています。そのことが、本を手にしたきっかけとなったことは間違いありません。それにしても重い体験とそれと向き合って生きていくことの、厳しさ難しさ、改めて思い知ることとなりました。事件には何ひとつ同じものはありませんが、どれも重いことなのです。

著者が、理解し乗り越えてきて、今まっすぐに向かい合っていること、それが率直な語り口のなかに示されていました。まだ過程であり途中のことかもしれませんが、その一歩の踏み出しの意味は大きなものがあると受け止めました。小林美佳さん、ありがとう、あなたの一歩が私にも新しい勇気を与えてくれました。そして投げかけられた課題を念頭にわすれずに置くことも。

ひとことで伝えられる内容ではありません。男女をとわず多くの人に読んでほしいものと思いました。部下を持つものも持たないものもとくに男性自衛官にはお勧めの本ではないかとふっと感じたのは、もしかしたら私の思い込みからくる間違った発想でしょうか。

小林さんは、冒頭の「このページを開いてくださった『あなた』へ」のなかで、以下のように述べています。私がその場ですぐ購入することとし、その日のうちに読みきった動機となったところです。

「あってはならないことだけど、もしも近くにいる人が犯罪に巻き込まれたときーー。『どうしよう』とうろたえたり、被害者の感情が『解らない』と投げ出したり、『元気出して』と表面的な励ましの言葉をかけたりするのではなく、”こんなことを言っていた被害者がいたなぁ”と、思い出してもらえたら。この手記が、ひとつの理解に繋がっていけたら嬉しいと思う。
『理解』
これが、私が願うたったひとつの、とても強力な被害者への支援である。
大切なのは、制度でも警察でも支援団体でもお金でも復讐でもない。近くにいる人の支えや理解なのだ。しかし、身近な人が犯罪や被害にあったとき、それを実行に移すのは容易ではないはずだ。相手を思えばこその気持が募れば募るほど、被害者本人の感情とすれ違ってしまうはずだから。『そんなわけないじゃない』『私には関係ない』と思わず、頭の片隅に留めておいてほしい。
私が最も遺憾に思うことは、『被害者って、こんなに苦しいんです!』と訴えること。この記録が、そうとらえられないことを願いながら、書き始めた。
同情を買いたくないことだけは、先に伝えておきたい。」

以上 (UT) 080627


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2008年04月08日

おすすめします ボブ・ドローギン「カーブボール」

米大手新聞社ロサンゼルス・タイムスの記者ボブ・ドローギン記者の綿密な調査取材による著作「カーブボール」が、田村源二氏の翻訳で出版されました。産経新聞出版、2008年4月刊行ですが、まことにタイムリーな出版です。イラク戦争が引き起こした事態はまだ続いています。どう日本人として向き合うべきかでも示唆を与えてくれるものとなっています。

不確実な情報がアメリカによるイラク戦争の大義の根拠とされていました。その情報源のこと、開戦前に大統領の演説や、国務長官の国連演説で使われていった経過、そしてガセネタであることが明らかにされていった経過と結果、ドローギン記者は濃密に語っています。

題となっている「カーブボール」は、情報源のイラク人につけた米側情報機関ののコードネームです。「カーブボール」は野球で使われている球種カーブのことです。また違った意味「ペテン、ごまかし」でも一般的に使われているそうです。本書を読むと、皮肉なことにまさにその意味ズバリの言葉がコードネームにされていたのです。

訳者は「訳者あとがき」で述べています。
「(米諜報機関CIAがおかした歴史的大失態は)国家間の外交だけでなく、社会のあらゆるレベルで、正確なインテリジェンス(情報召集・分析・評価・防諜・謀略)が必要となっているいま、本書から学びとれる教訓はきわめて必要だ。また、このとんでもない誤りを生んだものは冤罪を生む構造に符合する、と指摘するかたもおられる。なるほど、と膝を打たずにはいられない。要するに本書は、さまざまな誤謬につながる普遍的な構造をも示してくれているのだ。」(511ページ)

結局CIAは2004年5月26日に内部通達で「カーブボール」からの情報を取り消しました。さらにその2週間後、米議会の情報活動を監視する委員会にそれを伝えました。当時のCIA長官テネットは、みずから国務省のパウエル長官に電話し、この知らせを伝えたそうです。

「受話器をおいたとき、パウエルは頭から湯気がたつほど激怒していた。この件は『完全に砕け散ってしまった」とパウエルはのちに言う。」(477ページ)

品川正治さんの言葉「戦争を起こすのも人間、戦争を止めるのも人間」が思い起こされました。

以上 (UT) 080408



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2008年03月13日

おすすめします 「ザ・レイプ・オブ・南京」(日本語訳)、「『ザ・レイプ・オブ・南京』を読む」

「The Rape of Nanking」は、1997年に中国系アメリカ人アイリス・チャン氏(1968−2004)によって米国で出版されました。15年にわたる日中戦争の中、1937年12月の日本軍による南京占領とその直後引き起こされたいわゆる「南京大虐殺」(南京事件ともいわれており以下南京事件とします)について、本格的に論じた英語圏でははじめての本でした。出版以来、多大の反響を呼び、現在ではすでに「古典」ともいえる評価と位置づけがされているそうです。アメリカではほとんど知られていなかった南京事件を広く知らせることにもなりました。アメリカの歴史教科書にも南京事件が記述されていく推進力ともなったそうです。

10年たった2007年12月(事件の70年後)、初の日本語訳「ザ・レイプ・オブ・南京」(同時代社)が出版されました。同時に解説・注釈書「『ザ・レイプ・オブ・南京』を読む」も。年明けに書店の店頭で見かけたのが私が購入するきっかけです。(以下、「訳書」と「解説書」とします)

訳者であり解説書にもとりくんだのは、1951年日本生まれの台湾系在日中国人2世巫召鴻(ふしょうこう)氏。本業は現在有限会社コーナンソフト代表ということで、本業のかたわら翻訳に取り組んだようです。巫氏の翻訳にかけた熱意はなみなみならぬものがあったようです。著者アイリス・チャン氏の伝えたかったことを、訳書、解説書の同時発行という形で巫氏なりに示しています。

英語で書かれた原書は切れ目なく出版され続け、日本でも入手は容易です。以前に私も購入し目を通しています。しかし私の英語力では大意や概要把握はできても、きちんと読み取るべき細部の正確な理解やましてやニュアンスの受け止めといったところまでは、なかなか到達できませんでした。もどかしく感じたものです。読み取り方がどうだったのか、参照確認するうえにも便利なものが出たとうれしく思いました。きちんとした訳業が感じられるものです。原書の堂々たる3部構成、エピローグの率直な指摘などよく理解できるものとなっています。ジョン・ラーベの再発見と掘り起こし、家永三郎氏の裁判闘争などへの明確な評価など、豊富多彩な内容に改めて著者アイリス・チャン氏の熱意と先見性に敬服させられました。

アイリス・チャン氏はこう述べています。
「私の最大の希望は、本書が他の文筆家や歴史家を啓発し、毎年、減少している南京の生存者の過去からの声が完全に永遠に失われてしまう前に、彼らの経験談を調査記録する活動を刺激することである。また、本書が日本人の意識を動かし、この事件に対する責任を認めるようになることを希望している。あるいは、こちらのほうが重要なのかもしれない。
本書を書くに当たって、ジョージ・サンタヤナの不滅の警句を肝に銘じていた。『過去を思い出せない者は、過去を刳り返すよう運命づけられている』。」(訳書 25ページ 序)

巫氏は、出版の動機などについても述べています。
「本書の翻訳版の出版にあたり私が最も望むことは、日本の読者が本書の真の内容を実際に読んで、それぞれに考えてくれることーーー」(解説書 14ページ 翻訳出版に至る経緯)
たいへん暖かな姿勢ではありませんか。いまや国際社会でもある日本だから巫氏のような立場の人も登場したのでしょうか。


この翻訳出版については、多数の人の理解協力がありました。そのひとり大阪教育大学教授山田正行氏は、解説書後尾の「解説 忘却への抵抗と良知の責務」で、両書の出版の意義、経過、原書出版以来の論争点への言及などをコンパクトに整理してくれています。それは読者に虚心坦懐に判断してもらいたいとの思いを著者翻訳者と共有しています。

南京事件とそれが問いかけるものにどうひとりひとりが応えていくか、それはどういう意味を持つのかに対する、正面からの提起です。
まさに「多方面の人士から出版を望まれていた本書(解説書 14ページ)」ではないでしょうか。結果として時間がかかりましたが、遅すぎる出版では決してありません。昨年来「従軍慰安婦問題」でアメリカをはじめとする各国議会で、日本政府の公式謝罪を求める決議が次々となされています。日中戦争中、第2次世界大戦中、今の日本人と日本政府とが、ふりかえりきちんと受け止めていくべき課題(南京事件にとどまらず)は、道半ばというべきなのですから。

ただ、解説書74ページ3行目の「藤原、東中野両者」とあるのは校正ミスで「藤岡、東中野両者」となるところでしょう。

以上 (UT) 080313
 







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2008年01月29日

おすすめします 半藤一利「戦う石橋湛山」

1930年生まれでいまなお活躍されているジャーナリストであり作家である半藤一利(はんどう・かずとし)さんの著作「戦う石橋湛山(いしばし・たんざん) 昭和史に異彩を放つ屈服なき言論」が年明けに出版されました。2001年に東洋経済新報社より新版として刊行されたものを新装版として改めて同社より刊行されたものです。最初は1995年の出版のようです。

書店の店頭で目にし購入しました。その本いままで出されていたことを知らず、読んで知った次第です。読んでみてまことに時宜にかなった再刊と受け止めました。紹介とさせていただきます。

半藤氏は「序章 その男性的気概」でこう述べています。

「これからわたくしが書こうとしているのは『石橋湛山伝』といったような巨人の全容ではないのである。−−−昭和5年のロンドン軍縮会議調印から6年の満洲事変、7年の満洲帝国成立、8年の国際連盟脱退とつづく、この短期間における、一連の事件をとおしての日本の言論そのものについて考えてみようと思うのである。」

当時の東洋経済新報の主幹として、きわめてリベラルな論陣を張りました。そのことが活写されています。そして、湛山の主張ばかりでなく、その相手とされた政治家、軍人、大マスコミのそのときの主張・発言が丁寧に採録されています。

果たして誰が、国を思い、国民を思い平和を直視していたのか。半藤氏の筆は、真正面から問うています。

過去を振り返り、具体的に把握していくことの大事さが分かるないようです。歴史の検証に耐える発言とはなにかを教えてくれます。

以上 (UT) 080129


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2008年01月22日

おすすめします 「ドキュメント・仙波敏郎」

愛媛県警の裏金問題を告発した現職警察官仙波敏郎さんは、松山地裁の国家賠償請求訴訟第1審で、昨2007年見事な勝利判決を得ることになりました。(県警側は控訴、裁判は継続中)

「ドキュメント・仙波敏郎 告発警官1000日の記録」として、そのいきさつや歩みが、地元の創風社出版より年末刊行されました。著者は仙波さんの高校の同期生で、ひょんなことから「仙波敏郎さんを支える会」世話人となったジャーナリスト東玲治(ひがし・れいじ)さん。

さまざまな偶然から告発者となった仙波さんとその闘いを、多面的に描き出しています。暖かな目でのエールとなっています。

本文の最後はこう結ばれています。

「裁判が終わってもほんとうの意味での終わりはこないかもしれない。僕たちの時代に全てが解決することはないかもしれない。もし、そうだとしても、仙波は、この後、警察の不正が再び世に問われたとき、その遠因に目をやる者のよすが(手がかり)となるだろう。松橋、原田、斎藤が仙波にとってそうだったように。が、こうして彼が無私の告発者の系譜に名をとどめることの意味は大きい。
 この告発がこの先、生かされようが生かされなかろうが、それは彼の責任ではない。責任をとるべき人間は他に山のようにいる。友人としての僕は今、仙波が平成21年春に無事に退職の日を迎え、背負ってきた重荷から解き放たれることだけを願っている。それが、仙波にとっての本当の勝利になるだろう。

仙波は元気だ。今日もJR松山駅に立っている。」

また「発刊にあたって」では東さんは次のように語っています。

「最後になったが、仙波を招き、彼の話に耳を傾けていただいた多くの皆さん、皆さんによって彼は守られてきました。御礼申し上げます。
それから、弁護団の皆さんにもお礼申し上げます。皆さんの献身的活動なくしては、県人事委員会の勝利採決も国賠事件の1審勝訴もありませんでした。
この本は、全て僕の責任において書かれたものであり、仙波敏郎にはその点においてなんら責任はありません。出版をお引き受けくださった創風社出版についても同じです。」

ウェブマガジン カムイミンタラでもとりあげた北海道の警察裏金問題、そこからの派生が大きな枝を広げたのです。

この友情と愛情と正義感にあふれたドキュメント、ぜひ多くの人にお読みいただきたいものです。

以上 (UT)  080122



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2007年10月02日

おすすめします ノーム・チョムスキー「お節介なアメリカ」

アメリカの言語学者ノーム・チョムスキー(1928年生まれ、マサチューセッツ工科大学名誉教授)の著書がちくま新書からこの9月に発行されました。「お節介なアメリカ」です。

2002年9月4日から2007年3月5日まで、ニューヨーク・タイムス通信社の外部の執筆者による署名入りの評論記事として書かれ、配信されてきたものです。それを彼の著作を発表してきた「オープン・メディア・シリーズ」で発行したもの(はじめに グレッグ・ルギエロ)です。

彼のこの記事は、海外の新聞では広く取り上げられてきたがアメリカではめったに扱われていず、アメリカの「大手一流新聞」からは、掲載を拒否されてきたそうです。(はじめに)

アメリカ市民(アメリカ国民)として、9・11以降のアメリカの政府と政策へのチョムスキーの直言が、あふれている内容です。幅広い諸意見に対する彼の判断は痛快ともいえるものです。読者がそれをどう受け止めるか、どう判断するか、まことに興味深いものがあります。以前の発言が古びず、先見性からますます輝いている箇所が随所に見られると、私などは考えるのですが。

「現代の政治体制の特徴は、政策という争点を矮小化させてしまうことだ。選挙にあたり、広報やメディアは、政治の『課題』ではなく政治家の『資質』に焦点をあてる。たとえば候補者の外見や性格など、どうでもいいことに、だ。そして政党は、もはや候補者を商品としたシステムに成り下がっている。」(127ページ)

「数年ごとに候補者を売り込むという広告業界の通常業務は、商品を売るのと同じ要領で行われる。テレビをつけてみれば誰でも気づくことだが、業界は抽象理論が売り出されるような市場を弱体化させるべく、途方もない努力を傾けている。消費者がかしこく情報を得て、しうした理論のもとに理性的な選択を選択を行っては困るのだ。ーーそして、これとほぼ同じ方法が、民主主義を弱体化させるために使われている。つまり、有権者を情報不足にし、幻想にはまったままの状態にしておくという方法である。」(131ページ)

しかし、市民の理性ある声は、大きくたくましくなっていると、チョムスキーは展望をもって語っています。そうした動きがいっそう強まることに、本人の努力も向けられているようです。

以上 (UT) 071002

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2007年09月29日

おすすめします 中村義「川柳のなかの中国」

日本経済新聞文化欄に中村義(なかむら・ただし)さんが、戦前の川柳からみた日本と中国ということについて寄稿をされていたことは8月27日のこのブログで紹介しています。その中村さんのまもなく出版すると述べられていた本がわかりました。

「川柳のなかの中国 −日露戦争からアジア・太平洋戦争までー」(岩波書店 税別本体価格3600円)でした。中村さんの熱意が伝わる力作です。

いわゆる江戸期の「古川柳」に対して、現代につながる「新川柳」は、1903(明治36)年7月3日新聞「日本」に「新題柳樽」という川柳の時事句欄が設けられたことによるようです(同書36ページ)。担当が井上剣花坊でした。正岡子規が俳句短歌の革新を主張する舞台となった「日本」が、川柳革新でも大きな役割を果たしたことを教えられました。当時の編集長古島一雄(こじま・かずお)の発想と着眼がそのスタートになっています。言論人古島は、立憲主義政党人としても貫き、戦後1952(昭和27)年に86歳の生涯を終えました。

中村さんは「第6章翻弄される人々」のなかで、第13期海軍飛行予備学生(特攻隊)に1項を割き、1952年に遺族会の手で刊行された「雲ながるる果てに −戦歿飛行予備学生の手記」のなかに掲載された学生4人による合作百句川柳に言及しています。

「−−戦没学徒兵の遺書については他にも類書がある。収録されている遺書には、決別の心境を書き残した詩や短歌は比較的目につくが、こと川柳になると、この合作百句のみと思われる。したがって、近代川柳史上、すぐれて希少価値は高く、戦中期川柳として後世に語り伝えるべき不滅の時事吟である。」(同 235ページ)

及川肇(盛岡高工)、遠山善雄(米沢高工)、福地貴(東京薬専)、伊熊二郎(日本大学)の4人(全員23歳)が、鹿児島の特攻基地で出撃の前、川柳の合作を行いました。そして全員1945年4月に戦死しています。それがよく残されていて、またよく収録されたものです。

百句の冒頭が「生きるのは良いものと気がつく三日前」。そして次のような句もある若者たちでした。

「ジャズ恋し早く平和が来ればよい」
「アメリカと戦ふ奴がジャズを聞き」
「特攻のまずい辞世を記者はほめ」
「勝敗はわれらの知った事でなし」
「必勝論必敗論と手を握り」

また、中村さんによれば、土浦の陸上自衛隊武器学校内に海軍飛行予科練出身戦没者の記念館があり、そこにも飛行予科練習生鈴木丈司の一句が残されているそうです。(同 242ページ)

「七洋に桜花飛込む水の音」

今の理解感覚も踏まえた光を、中村さんは5人とその作品に当てました。「温故知新」という言葉を思い起こすこととなりました。

2007年8月は1757年に川柳が発祥して250年(あとがき)だそうです。まさにそれにふさわしい出版といえそうです。

以上 (UT) 070929





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2007年07月13日

おすすめします 漫画「神聖喜劇」

大西巨人(おおにし・きょじん)の小説「神聖喜劇」は、戦後25年かけて執筆され、400字詰め原稿用紙4700枚分の分量という長大なものだそうです。しかも、主人公のひとりの兵隊の3ヶ月の軍隊生活を描いたものですが、とにかく複雑で入り組んだディスカッションドラマの構造で、なかなか通読できるものではないそうです。高い評価を受けているそうですが、広く読まれているとはいえません。私にとっても作者名と題名だけはかろうじて知っている小説で、手をだそうなどまったく考えたこともないものでした。

2006年5月がら今年春ににかけて、漫画「神聖喜劇」が幻冬舎より発行されました。分厚いソフトカバー版全6冊の構成です。大西巨人氏の了解と監修のもとに、岩田和博氏が企画発想しセリフの選択も担当、のぞゑのぶひさ氏の漫画で、10年がかりで実現することとなりました。

たまたま漫画版第1巻を手にし、最終巻第6巻まで通読する機会がありました。私にとっては、漫画版でさえ、長大でいりくんでおり、長い難しいセリフについていくのは大変でした。漫画であらすじとポイントのいくつかがわかったとはいえ、原作の小説に取り組もうということにはつながりませんでした。

しかし、目を開かれる思いを与えてくれた漫画「神聖喜劇」からしても、原作は読みこなせる人にとってまことに手ごたえのある小説であることは間違いないようです。漫画ばかりでなく、小説ももっと読まれてほしいものだという気持ちはしっかり刻み込まれました。

漫画版神聖喜劇(原作もそうなのでしょう)は、太平洋戦争のはじまった1ヶ月くらいあとの1942(昭和17)年はじめからの3ヶ月、長崎県対馬要塞での新兵東堂太郎(24歳)の遭遇した事態と彼の対応を中心にすえた内容です。私見ですが、戦前の日本軍隊の「いびつさ」を、徹底的に告発するものとなっているところが、特色といえば特色、特徴といえば特徴と思われます。

第1巻で中条省平氏は、「神聖喜劇」は、ミステリーであり、冒険小説であり、恋愛小説であり、ユーモア小説であり、思想小説であり、そうした側面をすべてひっくるめて、バルザックのいう「人間喜劇」であると言っています。そして漫画はその醍醐味をみごとに浮き彫りにしているそうです。

私は、出だしから緊迫することになっていった、東堂と上官たちの「知りません」「忘れました」に関するやりとりが印象に残りました。新兵に「忘れました」と答えさせなれさせていくやり方に疑問を持ち、「知りません」と答えたことから質問していくことになりました。回答に対して「知りませんの禁止」と「忘れましたの強制」は、きちんとした基準規範にも根拠のないものであることが明らかになっていくのです。それでいてその間違いを正さないところが「軍隊」なのです。

話の面白さ、漫画の面白さをひさしぶりにたんのうする機会となりました。難しいセリフをかみくだこうと努力するのも面白いものでした。

以上 (UT) 070713
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2006年12月31日

2007年1月27日、品川正治さん札幌で講演

このブログで9月11日に著書「戦争の本当のこわさを知る 財界人の直言」を紹介させていただいた品川正治さんの講演会が札幌で行われます。

2007年1月27日午後JR札幌駅側の共済ホール(札幌市中央区北4西1)で、「平和・民主・革新の日本をめざす北海道の会」(略称北海道革新懇)の「2007年新春のつどい」のなかで第2部記念講演で登場予定です。

プログラム
13:00 開場 13:10開会
13:15 第1部 文化行事
14:15 第2部 記念講演
演題 「これからの日本の座標軸 −憲法九条二項と人間の力ー」
講師  経済同友会終身幹事・国際開発センター会長 品川正治
15:50 閉会
参加券 1000円
連絡先は北海道革新懇で、
連絡先 〒060−0042 札幌市中央区大通西12丁目 斉藤ビル2階
電話 011−252−6315 

品川さんは、「財界人の直言」あと、かっての教え子たちへの講演録「これからの日本の座標軸」を新たに出版するなど、高齢にもかかわらず元気な活動を続けています。戦争をするのも人間、戦争を止めるのも人間とおっしゃっている品川さん、どんなお話を聞かせていただけるでしょう。これまで品川さんと縁が深いとは思われない団体の呼びかけにこたえての登場です。

お知らせとさせていただきます。

以上 (UT) 061231


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2006年12月26日

おすすめします 「警察庁から来た男」佐々木譲

佐々木譲(ささき・じょう)さんが、書き下ろし小説「警察庁から来た男」を角川春樹事務所からこの12月出版しました。本体価格1600円+税です。

北海道警察本部を舞台にした3部作の2作目というふれこみです。1作目は「うたう警官」、警察小説に新境地を開きました。「うたう」とは、警察関係者が警察に都合の悪いことを発言すること、組織内の「常識」では忌み嫌われることを意味します。現職警官が北海道議会百条委員会で「警察裏金」問題の証人として告発証言することになります。あわてふためく道警トップのキャリアたち。そのとき婦人警官がなんと警察のアジトで殺されるという事件が発生しました。このふたつのことが絡んで筋は展開していきます。結果だけ言えば、殺人事件は解決され、証言は実現します。(現実の北海道議会では「警察裏金」に関する百条委員会はいまだ実現していない出来事です。フィクションでの道議会は、現実よりすすんだ議員たちが多数派で活動しているようです)

2作目「警察庁から来た男」は、北海道警察本部に問題あるのではないかと見た警察庁が重い腰を上げて、監察官を派遣します。その監察官藤川春也がその監察に要員として起用したのが、「うたう警官」で「うたった」津久井卓(つくい・すぐる)巡査長でした。監察官はどうして彼を起用したのでしょうか。

証言後の徹底した冷や飯処遇(これはありそうな話です)にめげない津久井巡査長たち(複数の意味は話でご確認ください)が、また活躍するという、「うれしい話」になっています。難しく考えず楽しく面白く読める内容です。結末のさわやかさは、佐々木さんの警察と警察官に対するまっとうな愛情がひしひしと感じられます。元気な方、元気になりたい方にとくにおすすめしたい本でした。

「うたう警官」を読んでいない方もはいりやすい内容です。さかのぼって「うたう警官」を読むのもよし、先に「うたう警官」を読んでから「警察庁から来た男」を読むのもよし、というのもにくいことではありませんか。

間違いなく3作目への期待は高まりました。

以上 (UT) 061226





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2006年12月01日

おすすめします アーカイブズ キーワード検索 

戦後を代表する劇作家のひとり、木下順二さんが亡くなったことが報道されました。10月30日に亡くなられていて、享年92歳。

代表作のひとつが「夕鶴」。鶴の恩返しという民話を題材にし、こどもにもわかりやすい筋立てとなっており、よく知られている作品です。主役の鶴の化身「おつう」を山本安英(やまもと・やすえ)さんが演じた舞台も、高い評価を得たものとなりました。

ふと連想したのが、カムイミンタラでは、「演劇」ということで特集でとりあげたこともあるし、寄稿していただいたものの中にも演劇にちなんだものもあるということでした。

早速カムイミンタラアーカイブズで、「演劇」という言葉でキーワード検索を行いました。そうすると、先に述べたなまとまりのあるものを含め、「演劇」という言葉は、延べ17件の特集やずいそうで使われていることがわかりました。特集のなかで11件、ずいそうで6件です。1985年11月号(通巻11号)から、ウェブマガジン・カムイミンタラ2006年7月号(ウェブ版第10号 通巻130号)にわたっていました。さまざま形でですが、これまでの集積を示してくれます。


他の例、たとえば、「アイヌ」でキーワード検索しますと、これは1984年3月号(通巻1号)から2006年9月号(ウェブ版11号 通巻131号)まで、56件がリストアップされてきます。

このような形でカムイミンタラアーカイブズを活用すると、関心のおもむくまま、これまでを振り返ったり確認することもできます。こうしたカムイミンタラの楽しみ方も現在はあること、認識いただければ幸いです。

以上 (UT) 061201














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2006年11月02日

オーマイニュース日本版、札幌のシンポジウム報道

11月2日、インターネット新聞オーマイニュース日本版が、10月29日札幌で行われたシンポジウム「北海道はこれでいいのか!『道政、道警、裏金報道』を考える集い」をくわしく紹介しました。続報もあるようですが、関心があっても参加できなかった人にとっては、たいへんありがたい報道となりました。

中台達也記者による「身ぎれいでなければ権力の疑惑追及は不可能 札幌市内でシンポジウム」という記事です。基調講演とパネルディスカッションの構成。田原総一郎氏が冒頭に基調講演、続くパネルディスカッションが田原総一郎、大谷昭宏、宮崎学、魚住昭、原田宏二、山口二郎という諸氏がパネリスト、コーディネーターが市川守弘氏という顔ぶれでした。

臨場感あふれる報道ではないかとの印象を持ちました。お読みいただくことお勧めします。

以上 室長  061102

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