2006年09月09日

おすすめします 「憲法九条を世界遺産に」

a.jpegお笑いコンビ「爆笑問題」の太田光(おおた・ひかり)さんと、宗教学者の中沢新一さんの対談が集英社新書(2006年8月 本体660円+税)として出版されました。題して「憲法九条を世界遺産に」、3回の対談をまとめたものです。
題となった、「憲法九条を世界遺産に」は、「太田光の私が総理大臣になったらーー秘書田中」というテレビ番組のテーマづくりからでてきたもののようです(53ページ)。その表現に対して中沢氏が反応し、対談することとなりました。太田さんによれば、きっかけはジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」(岩波書店)を読んだことからでした。

宮沢賢治のその思想と行動に関して鋭いつっこみが太田さんから提起され、それに対する中沢さんの応答から対談ははじまっています。なぜ宮沢賢治からなのか。彼がかかえていた矛盾とは何か。それが日本国憲法とどう結びついていくことになるのか、どうして憲法九条が世界遺産に値すると考えているのか、対談をお読みになって、ぜひ味わっていただきたいものです。意表をつくスタートと展開、1965年生まれの太田さん、1950年生まれの中沢さん、おふたりの熱のこもった対論、まことに刺激的です。

太田さん、「醒睡笑」にある日蓮宗のお坊さんと浄土宗のお坊さんとの対立と和解の話を、中沢さんから聞いた後、こういっています。
「古典落語にあるような相手を許す笑いがなくなって、徹底的に相手を否定するという空気が充満しています。インターネットの書き込みなんて、『太田死ね』の連続ですから。」(112ページ)
匿名の影にかくれて、そのような書き込みをする人こそ一番に読んでほしい「憲法九条を世界遺産に」であることは確かです。


余談となりますが、宮沢賢治はまた、外国人にも大きな影響をおよぼしているようです。

日本文学研究者の中国人王敏(ワン ミン)さんの「謝々! 宮沢賢治」が朝日文庫(本体660円+税)でこの8月10年ぶりの再刊出版となりました。1954年生まれの王さんは、1982年文化大革命後中国初の日本文学研究の国費留学生として来日しました。現在、日本と中国の架け橋のひとりとして活躍しています。

王さんは1954年生まれ、四川外国語学院大学院院生時代、日本人教師石川一成氏の手作り教材で、宮沢賢治の「雨ニモマケズーー」と出会いました。
「石川先生の教えを受けながら、すでに私の内部では、『鬼』とばかり思っていた日本人観に少しずつ変化が起こっていた。しかし、この詩を読んだ瞬間、さらに決定的な確信が訪れた。日本人を見直す心の流れが、それこそ浪のように押し寄せてくるのを感じた。」(「謝々! 宮沢賢治」41ページ )

以上 (UT)









posted by kamuimintara at 14:37| 北海道 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめします。
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