大西巨人(おおにし・きょじん)の小説「神聖喜劇」は、戦後25年かけて執筆され、400字詰め原稿用紙4700枚分の分量という長大なものだそうです。しかも、主人公のひとりの兵隊の3ヶ月の軍隊生活を描いたものですが、とにかく複雑で入り組んだディスカッションドラマの構造で、なかなか通読できるものではないそうです。高い評価を受けているそうですが、広く読まれているとはいえません。私にとっても作者名と題名だけはかろうじて知っている小説で、手をだそうなどまったく考えたこともないものでした。
2006年5月がら今年春ににかけて、漫画「神聖喜劇」が幻冬舎より発行されました。分厚いソフトカバー版全6冊の構成です。大西巨人氏の了解と監修のもとに、岩田和博氏が企画発想しセリフの選択も担当、のぞゑのぶひさ氏の漫画で、10年がかりで実現することとなりました。
たまたま漫画版第1巻を手にし、最終巻第6巻まで通読する機会がありました。私にとっては、漫画版でさえ、長大でいりくんでおり、長い難しいセリフについていくのは大変でした。漫画であらすじとポイントのいくつかがわかったとはいえ、原作の小説に取り組もうということにはつながりませんでした。
しかし、目を開かれる思いを与えてくれた漫画「神聖喜劇」からしても、原作は読みこなせる人にとってまことに手ごたえのある小説であることは間違いないようです。漫画ばかりでなく、小説ももっと読まれてほしいものだという気持ちはしっかり刻み込まれました。
漫画版神聖喜劇(原作もそうなのでしょう)は、太平洋戦争のはじまった1ヶ月くらいあとの1942(昭和17)年はじめからの3ヶ月、長崎県対馬要塞での新兵東堂太郎(24歳)の遭遇した事態と彼の対応を中心にすえた内容です。私見ですが、戦前の日本軍隊の「いびつさ」を、徹底的に告発するものとなっているところが、特色といえば特色、特徴といえば特徴と思われます。
第1巻で中条省平氏は、「神聖喜劇」は、ミステリーであり、冒険小説であり、恋愛小説であり、ユーモア小説であり、思想小説であり、そうした側面をすべてひっくるめて、バルザックのいう「人間喜劇」であると言っています。そして漫画はその醍醐味をみごとに浮き彫りにしているそうです。
私は、出だしから緊迫することになっていった、東堂と上官たちの「知りません」「忘れました」に関するやりとりが印象に残りました。新兵に「忘れました」と答えさせなれさせていくやり方に疑問を持ち、「知りません」と答えたことから質問していくことになりました。回答に対して「知りませんの禁止」と「忘れましたの強制」は、きちんとした基準規範にも根拠のないものであることが明らかになっていくのです。それでいてその間違いを正さないところが「軍隊」なのです。
話の面白さ、漫画の面白さをひさしぶりにたんのうする機会となりました。難しいセリフをかみくだこうと努力するのも面白いものでした。
以上 (UT) 070713

