2006年11月21日

清水敏一さん、小泉秀雄を語る

11月20日、日本経済新聞文化欄に、山岳史家の清水敏一(しみず・としかず)さんが、小泉秀雄について寄稿していました。

題して「大雪山の父、峰に名残す  明治大正期踏査の先駆者、小泉秀雄の生涯発掘」です。清水さんは、北海道在住の研究者として小泉秀雄を調べ、内容の濃い著作を発表してきました。今回の寄稿、小泉秀雄について、要領よく概括した内容となっています。ぜひ、いろいろな方に目を通していただきたいものです。

小泉秀雄(1885−1945)は、山形県米沢生まれ、北海道の縁としては、1911年に北海道旭川の上川中学(現・旭川東高)に理科教師として赴任したことからはじまったようです。その後仕事の舞台を本州に移しますが、1924年からの大雪山調査会の調査委員として委嘱され、調査活動を行いました。また、大雪山という名称が一番ふさわしいと主張し、その定着に貢献することにもなりました。

清水さんの今回の文章を読んで驚いたのは、「北海道時代の小泉を知る遺族は少なく、小泉岳という山の存在も知らなかった人がほとんど。地元に住む私が遺族や教え子を小泉岳に案内したこともある」というくだりでした。そうした貢献も清水さんが果たしていたのです。(大雪山は旭岳、黒岳などの山々の総称。そのひとつに小泉岳が命名されている)

以上 (UT) 061121
posted by kamuimintara at 15:59| 北海道 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする